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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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律子の物語 「「世界の中心で愛をさけぶ」(1487)」

巷では「セカチュウ」で話しが通じるほど、大ブレイク中の「世界の中心で愛を叫ぶ」。映画もさることながら、小説もベストセラーを狙う勢い。映画を観て感動したから読むのか、その逆か。
「読んでから観るか、観てから読むか」なんていうキャッチコピーが昔あったっけな。角川文庫の広告だっただろうか。先週映画を観てしまって、もう私の「セカチュウ」は終わったつもりでいた。先が読めてる小説を読むのは性に合わないからだ。でも数日前本屋で見つけた「指先の花 映画『世界の中心で愛を叫ぶ』律子の物語」には触手が動いた。パラパラとめくり、買わずにはいられなかった。
律子とは、柴崎コウ演じる現在の朔太郎の恋人。小学校の頃、母親が入院している病院で、白血病と闘うアキと出会い、アキが吹き込んだ交換ボイスのテープを朔太郎の高校の下駄箱へそっと届ける‘おつかい’をしていたのだ。もちろん朔太郎も律子も、はるか昔にアキをめぐってそんな運命的な縁が生まれていたことなど知る由もなく、映画の中盤からようやくその‘偶然’に、ふたりは気付きはじめるのだが。
律子の役は、もともとの原作にはないらしい。だから冒頭とラストシーンはしっかり押さえているものの、思いのほか彼女の登場シーンは少ないのだ。だから言動の裏づけがやや言葉足らずなところがあって、細かいところにいろいろと疑問が残る感がなくもなかった。だからこの本を読んでやっとうなずける部分が多々あって、はやりこの映画は本とセットで初めてひとつの完成した物語りになるようなところがある気がする。
ニュアンスを強く残したままで終わる映画なんかを観ると、どうして最後まできっちりと描かないんだよっと思う私は、こういう全部がすっきりとわかりやすい作品のほうが好きだ。死んだのか助かったのか、めぐり合えたのかだめだったのか、後は観る人のお好きに…なんて映画は実にストレスがたまってしまうのだ。でもだからといって、いちいちご丁寧な解説書なんかがあっても、それはそれで幻滅してしまうのだけれど。そういう意味でも、映画って難しくて、で、おもしろい。

小さい頃よく遊んでいた絵描き歌。
「棒が一本あったとさ。
葉っぱかな。
葉っぱじゃないよ、カエルだよ…
6月6日に雨ざぁざぁ降ってきて…」
コックさんの手の部分になる‘6月6日’は、
大好きだった祖母の命日。
もう亡くなって20年近くが経つけれど、
なぜかいつも6月6日がくると、はっと思い出す。
そして必ず‘かわいいコックさん’の絵描き歌を口ずさむのだ。
今年は例年よりも早く入梅して、
朝からしとしとと雨がそぼ降る6月6日。
いつも元気はつらつだったおばあちゃんは、毎日何をして楽しんでいるんだろう。
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