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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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私らしくない今の私 「それってどうなの?(251)」

少子化で、身近に子供がいないからかもしれないけれど、この時期、鼻を垂らしながらそこかしこを走り回って遊んでいる子を見たことがない。
もちろん、鼻を垂らされてもこまるんだけど。
つまりどこの公園に行っても、日が暮れるのを惜しむように元気に走り回ってる子がいなくないか。
みんな家や塾で勉強してるか、あるいはテレビゲームに興じてるってことなんだろうか。
夕暮れの印象が、今と昔ではずいぶんと違うことに驚く。

私が子供の頃はそれこそ日が暮れるまでのうちに家に帰ることがとても難しかった。
毎日学校から帰って宿題もそこそこに遊びにでかけて、晩御飯までには返らなくてはならないというお約束と、友達とのかけがえのない時間とをギリギリのところでうまくやりくりしながら幼少時代を送ったものだ。
でも時にはザリガニ釣りにはまって日が暮れてしまい、声をかけて連れ出した友達の親が捜索し始め、言いだしっぺの私が親にひどく叱られたこともあった。
あの頃の日暮れは、イベントを終わらせなくてはならない厄介でどこか寂しいものでしかなくて、ロマンチックなものだと思えたのは、ずいぶんとあとになってからのことだった。

最近は、一日が徐々に暮れゆく様を味わうことがほとんどない。モニターに向かっている間に、気が付けばとっぷりと日が暮れているだけだ。夕暮れ時に外を歩くことも稀だし、真っ赤な夕陽を見ることもほとんどない。
昼間の降り注ぐ日差しがやがて陰り、ゆっくりと夜の帳が下りてくる時間の流れが、なぜかとてもなつかしい。

自然の摂理とともに人があるのなら、日々電磁波の只中にあって、朝も無理やり起き出して、夜も眠気を堪えて仕事をする生業に、生きる意味があるんだろうかとシンプルに思ってしまう。
夢を追うため…とか、高収入を得るため…、ってことでもないとすれば、いったい何のための忙殺なのかと。

惰性の毎日に、辟易。
ここはいるべき場所じゃない。
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