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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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嵐の後の静けさ 「★つ・ぶ・や・き★(1280097)」

今朝は台風一過の清々しい秋の空。

昨夜、日付が変わる頃にはちぎれた雲の合間に星がみえて。
おぼろな三日月がぼんやりと光を放ってた。

嵐の前の静けさというけれど、
あれだけのゴージャスな台風だと、
去った後の静寂のほうが沁みる。


西の窓が妙に明るいと思ったら、
夏の初めに吊るした日除けスクリーンの一枚が
跡形もなく消えていた。
どこかのお庭あたりでご迷惑をかけてなきゃいいが。

昨日念のため確認はしたんだけれど。
今日から福岡なので探す暇もない。
あーぁ。
夏の終わりまでもってくれてよかったと思うしかない。



そんなこんなで出社すると、
昨夜の帰宅顛末披露があちこちで繰り広げられていて。
ワタシも何人かから声を掛けられた。
無事に帰れました?

すんなり帰れて雨にも濡れず、
百貨店でお買い物までしちゃって
ゆえになんのネタにもならないワタシの話。

まともに帰れたのってなおネィさんだけですよ。
さすが、絶妙なタイミングで出ましたよねぇ。


なにをもって“さすが”なのかは敢えて問わずに。
だから千葉方面は早く帰ろうって言ったじゃん。

あなたはどうだったの?と話を振ると、誰もがもう止まらない。
北千住のマルイで数メートル吹き飛んで
見知らぬ人たちに大丈夫かと介抱された女子とか、
雨がしたたるほど全身ずぶ濡れになった幹部とか、
激混みのバスに濡れた合羽を着たまま乗って来た連中に
ぶち切れ寸前だった男子とか、
部下を引き連れて呑みに行って2万円以上遣ったリーダーとか
当分は台風の想い出として刻まれそうな体験を
多くの社員がしていた様子。

ワタシよりも1時間半遅く大崎のオフィスを出た
津田沼に暮らす親友ののりちゃんは
山手線が浜松町で止まって待機の後、東京まで移動して
難民キャンプと化した東京駅地下街で総武快速線の復旧までまた待機。

空腹をスタバで満たしてさらに待って、
家に帰りついたとメールが来たのは23時半を過ぎていた。

所要時間は実に8時間。
お疲れさまだったね。



オフィスでは制限が掛けられているためアクセスできないTwitter。
昨日は家でずっと立ち上げていたけれど、
検索機能で運行情報をチェックしては、難民中の友人たちにメールし続けた。

どこの運行情報サイトよりも、ツイートから得る情報が一番早い。
「運転準備開始のアナウンスあった。もうじき動きそう」とか。
「京成線動き出しましたー」とか
「総武線、総武快速線、京成線、常磐線と千葉方面へ向かう路線は
全部止まってます」とかとか。


他に、ユニークな車内アナウンスのツイートも多くて。
「皆さん申し訳ございません。
私運転士はこの仕事を選んだプライドがございます。
みなさまを無事送り届けるまで頑張りますので、
どうぞよろしくお願いいたします」なんていう小田急線の感動的なものから
浅草線の「行き先が決まっておりません」、
京王線の「4番線に雨風しのげる車両をご用意しております」とか
「帰れないのは私も同じです!」、
中央線の「 行けるところまで行きます!」、
井の頭線の「残念ながら悪いお知らせです」、
京成線の「皆様を目的地までお連れする事が出来ず大変心苦しいです」、
総武線「 止まってる理由は5つあります」とかとかとか。


確かに遅かった総武線復旧。
停電だとの噂はあったけど、5つも理由があっちゃあ
そうそう動くまい。



帰るタイミングを逸したら、腹をくくって呑むとか、
ジムで汗を流すとか、エステでひとときキレイになるとか、
そういう臨機応変さも必要なことなのかも。

大混乱の駅周辺や事故が起こりそうなホームの様子を知って
そんなことを思ったのだった。


相変わらず携帯のバッテリーが切れてお手上げになったアナタ、
311の教訓はどしたのさ。



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| ココロのヒダ | 13:21 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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