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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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激白!お酒と歩む生き様

もしも私がお酒が飲めないヒトだったら、
きっともっと「普通」の人生だったんだろうなと思う。

恋の始まりや、恋愛が深まるときにはいつもお酒があったし、
飲みの席で仕事の話が生まれることも多々。
嬉しいにつけ、悲しいにつけ、
お酒には長々お世話になってきてる。

そんな私のお酒とのつきあいは法を犯して始まった。

大きな声では言えないけれど、
初めてお酒を飲んだのは中学のころなんだ。

クリスマスイブの夜、
「ちょっと飲んでみるか?」と父に差し出されたグラス。
我が家にはよく赤玉ポートワインのボトルがあったので、
ひょっとすればそれかも知れないし、
イブだということで、スパークリングワイン
なんかだったのかも知れない。

「オンナは自分の酒量はわかっていたほうがいい」という
父の言葉は、中学生に飲酒を勧めるオトナとしての、
自分に対する体のいい言い訳だったのかもしれない。

初めてのお酒の味はもちろん今では記憶になくて、
覚えているのはただ、
一気に飲んで顔色も変えないムスメに呆れる両親の図。

だからその後も家のイベントがあるにつけ、
物欲しそうにしている私に、いかにも仕方なさ気に
ホレと一杯だけついでくれる父、そして母だった。


高校2年の札幌で迎えたクリスマスイブ。
ここで事件が起きる。

夕食後、父親が早めに部屋に引き上げたのをいいことに
弟がジュースを空けるのとさして変わらないピッチで
母が止めるのをよそにマテウスロゼを飲んだ私は
酔ってウルトラハイになっている渋谷あたりのオネーチャンと
何ら変わらない状態だったんだろう。

ダイニングに戻ってきた父の声がしたと思ったら、
目の前に火花が散った。

吹っ飛ぶような衝撃のあとから、
徐々に左頬が火照りはじめてからやっと、
父にぶたれたことに気がついた。

その翌日は、初めて体験する二日酔い。
這うようにして郵便局のアルバイトに向かったけれど、
市電を降りてますます悪化。
友人に言付けを頼んで引き返して、
ムスメの愚行に激怒する母から逃げるように、
布団を被って頭痛と吐き気に耐えた。

自分たちが飲ませたくせに。

布団にくるまって泣いたのは、
両親に対する悔しさの涙だったか。

以来、成人するまでの間、
家で飲むのはお正月のお屠蘇程度…だったはずだけど、
バドミントン部の追い出しコンパで
再び大酒を飲んで泥酔帰宅したりして
お酒に懲りない片鱗は、このころから見え隠れしていた。

でも、その後の20代は意外にも大人しかった。
飲めばディスコで踊るという図式が常だったせいか、
そうそう酔うわけにもいかなかった。

しかし30代始めになると、
私はいつも二日酔いになるまで飲んでいた。

仕事仲間がみな仲良しだったことも災いして、
オフィスのあった東京タワー下から神谷町方向へ向かうはずが、
そのまま飯倉を越して六本木へ足が向いている…、
そんなアフターファイブだった。

弾け散ったバブルなどどこ吹く風で、
庶民はまだまだ脳天気な好景気ムードに浮かれていたころだ。

翌朝出社すると、リーダー格のヤツがデスクにやってきて
ニタニタしながら必ずこうささやく。
「どーせ、覚えてないんだろ?」

そうしてみんな揃ってのランチタイムは
前夜の飲んでやらかした爆笑ネタで盛り上がるのだ。
持ち回りのように、日々主人公は替わるのだけれど、
私がメイン、あるいはサブを務めてしまう頻度は高かった。


出禁というよりは、恥ずかしくて二度と行けない店も
いくつかあったし、みんなの会話を聞いているうちに、
自分のしでかしたことが部分的にフラッシュバックしては、
「もぅ、飲まない」とポツリいうのだった。

でも、残業を終えて帰り支度を始めるころには
すっかり体調も整い空腹さえ感じているわけで、
「今日は軽く、ねっ」となる。

宣言通りに「軽く」済む日もあったけれど、
前日よりもさらにヒートアップすることも
なくはなかった。

アホ以下だ。


その後、所属していた事業部が解散して、
アホな日々は終焉を迎えたのだけれど、
当時の仲良しメンツのうち、
私を含む6人の家庭が結果的に崩壊した。

言っておくけれど、メンツは8名。

実は、崩壊させたかったのかもしれない。


初めてお酒を口にして30年余年。
最近はやっと“そこまで酔わなくても平気”になってきたし、
多少酔っても声が1オクターブ上がったり、
道ばたの三角パイロンを被って歩いたりしなくなった。


それは決して歳を取ったってことじゃなく、
いつもいつもお祭りばかりじゃ疲れちゃうってことと、
そしてもちろん、自分の適量ってもんが
わかってきたってことなのだ。


中学生の私に飲ませた父の教育は
やっと功を奏し始めてる。


人生って、結構長い。
これからももろもろ、どーか長い目で、と。
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