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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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愛について 「★つ・ぶ・や・き★(1280043)」

愛するということの定義としてよく言われる、
「自分の命を捨ててでも相手を守りたいという想い」は、
果たしてどうなんだろうと思う。

親子関係における愛情という点では、
上の定義はずばり言い得ているけれど、
恋人や友人関係に及ぶとなると、ちょっと疑問だ。

相手を救ったという達成感に包まれて
魂だけになるのだから、本人的には幸せだ。

でも、自分を救ったことで相手が命を落としたという
とてつもない重圧感と、ひとり残された孤独にうちひしがれる
“愛されてた”人は、幸せなんだろか。

「私はあの人にこんなに愛されていたんだわ」と
そこから先の人生を明るくアグレッシブに生きて行ける人は
そうそういなくないか。

命を賭けるのは大げさにしても、
恋人や友人に対する愛情、友情を踏まえた言動を
みるにつけ、聞くにつけ、発するにつけ、
ときどきふと立ち止まることがある。

そこに愛はあるのか。

誰かを思うと、思われる。
思われると、思いたくなる。
誰かに何かしてあげたくなる。
してあげることが喜びになる。
これが“愛”の原型。

だから、想いが自分中心になった瞬間に、
“愛”は壊れてしまうのだ。

自分は相手を大切に思えているか。
どこまで自分を通すのか。
思っているからこそ、相手が傷ついても
言わなきゃならないことがあるんじゃないのか。
口にすることが、単なる自己満足になりはしないか。
どうすれば、想いが相手に伝わるのか…。

そんなふうな堂々巡りは、
そこにいろんな形の愛があるからこそ。

愛のない世界は能天気で楽ちんかもしれないけれど、
色彩のないモノクロームの世界に違いにない。

それはまさに、無神経で気遣いのない
毎日の満員電車みたいな。



連休明けのぼんやりとした頭には
今日のもろもろは刺激的すぎた。




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| ココロのヒダ | 22:05 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

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