FC2ブログ

なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

<< 2005-02- | ARCHIVE-SELECT | 2005-04- >>

| PAGE-SELECT |

>> EDIT

香りコンシャス 「★つ・ぶ・や・き★(1280002)」

かつては海外旅行のお土産の代名詞でもあったパフュームやオーデコロン。
好き嫌いが大きく別れる香りの類は、頼まれたり好みを熟知している場合を除くと実にチョイスしずらいアイテムなんだけど、案外もらってしまうケースが多かった。
何年か前から、海外の香りの類を専門に扱うショップが増えて、いまでは苦もなく国内で手にはいるようになった。
しかもとってもお安く。

だけど私の周囲にはパフュームを愛用する女性がひどく少ない。
かくいう私も家には20種類近いパフュームボトルをしまい込んでおきながら、ほとんど使わない。
会社で付けている女性がふたりいるけれど、どちらも50歳をすぎた熟女たち。
街なかや電車の中でも気分が悪くなるくらいの香りを振りまいているのは、熟年女性だったりする。
とかくマナーに欠けるといわれがちな若い女性の方が、この点に限っては無害であることがちょっと意外だったりする。
なぜだろう。

かつてのバブル絶頂期、花なら乱れ咲き(ん?)の頃を迎えていた私は、いつもオーデコロンを愛用していた。
アトマイザーに移し替えて携帯して、日に何回か付けなおすのも億劫じゃなかった。YSLのParisのボトルは結構な数を空にした。

当時は男性にもオーデコロン愛用者が多くて、好きな人と同じ香りを街なかで嗅いでしまった日にゃあ、目をつぶってついていきたくなる衝動さえおきたっけ。

それがいつの頃から、同じ年代の女性たちから香りが立ち上ることがなくなって、私自身もオーデコロンを付けるという行為がおざなりになっていった。
たまに魔が差したように付けようと思っても、時間が経って変色したように見える香りたちを纏うのは気が引けて、かといって気まぐれのために新たに買う気も起きずにいる。

古くは、ヨーロッパはもちろん日本でも室町時代には香を楽しむ香道が盛んだったようだ。
髪や衣に香をを焚きしめて装う遊びは貴族の間で楽しまれたともいう。
香りを楽しむ習慣は、時間とお金と気持ちにゆとりがある証だったりするのかも。
そういうことで結論付けると、最近の私にはゆとりがないってことになる。
言い得て妙。
ゆとりどころか装うというモチベーションが著しく低下しているような気も。
私よりもひとつ上の世代の働く女性たちは、総じて装うことに熱心だ。
そこにあるギャップは定かじゃないけど、見習わなくちゃならないところのように思える。

香りは個性だ。
自分が他人にどう香っているかは、実は大切なことだ。
顔を背けたくなるほど息がたばこ臭い人、体から防虫剤の匂いがする人、髪が油くさい人、殺虫剤臭いオーデコロンを付けている人などなど、人それぞれに違うはず。
「いい匂いがするね」
「何にもつけてないわよ」
「でもとてもいい香りがするよ」
とかなんとか、こんな今思えば歯の浮くようなことを言われたことがあるのは私だけじゃないはずだ。
オーデコロンなんか付けなくても、シャンプーや8×4の香りで簡単に男を勘違いさせることができたのは昔話。
この先、加齢臭というとんでもないおまけまで付いてくることを思うと、無頓着ではいられない。

これ以上個性を発揮する必要もないのかも知れないけれど、一瞬たりとも待ってはくれない毎日の中で、自分を感じ、自分をアピールすることは無駄じゃない。誰に気づいてもらうとか、こうあるべきと頑なになるのではない柔らかな主張とでもいうのかな、自分が一番気持ちいいとこらへんで自分でありつづけられたらいいなと、そんなことにまで思いを馳せてしまうほど、香りには漂うことで個性を印象づけるパワーがあるのだ。

春も間近。
自然のモチーフが装いを変える季節は、人にとってもイメチェンの好機。
フレッシュなニュアンスを纏って、気分転換などしてみたくなるほど、今日は春めいた一日だ。
スポンサーサイト



| 未分類 | 15:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT |