なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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浮いたお金はどこへいったのか 「それってどうなの?(251)」

10月から電気代が値下げされるらしい。
毎月郵便受けに入ってくる電気使用量のお知らせといっしょに、今月はそのしおりが入っていた。「CM批評」でマサカズさんのことを書いたけど、電気もがんばってるじゃん。
以前も書いたけれど、今年の夏はエアコンと冷蔵庫を新調したお陰で、電気代が2割程度安く済んだ。毎月のことなのでこの差はめちゃめちゃ嬉しい。

自分のお財布から出ていく料金、代金は、世帯のスタイルや収入に見合った金額を尺度に日々消費しているはずだ。
一昔前と比べると、支払う額と項目が大きく変化していることに気づく。
たとえば電話料金。かつてケータイを持っていなかった頃は、加入電話代に6~7,000円払っていたはずだ。ガスが使えないマンションだったこともあるけど、電気代は今よりも狭いマンションだったのに4~5,000円、冬場は1万円を越えていた。クレジットカードはどこも年会費を取られていたっけな。
洋服もある程度のお金をかけないと仕事仕立てにならなかった。GAPやZARAといった値段のこなれた、でもちゃんとデザインしてあるアイテムが揃っているお店がなかったから、安かろう悪かろうという意識がはびこる時代だったのだ。給料は今よりうんと安かったのに、夏のスーツごときに7万円も払っていたのが嘘みたいだ。今は1アイテム買うのに、1万円を越えるとちょっと考える。本当に欲しいのかな…。あれには合うけど、他にあわせらんないじゃん…なんて。だからTシャツ2枚とパンツで1万円を切ったりすると、私はなんて買い物上手なんだろうと思ったりする。でもここぞというときに着ていけるいわゆる‘おめかし服’がない。今更おめかしもなにもないんだけど、今年は結婚式が相次いだせいで自分の弱点を思い知ったのだ。
化粧品もブランドにこだわらずとも、ちゃんといい商品が手に入るようになった。100均のお陰で、センスさえあればお部屋のインテリアをお安く変化がつけられるようになったのも嬉しい。
こうして考えてみると、以前よりもお金を掛けずに生活することができているはずだ。私はたばこも辞めているのだ。給料だっていくばくかは上がっている。なのに金が貯まらないのかは不思議だ。飲み代に掛けすぎなんだろうか。普段は3~4,000円。ちょっと奮発して5,000円程度が私の飲み代予算だ。去年のノベーロの時のように、おひとり様11,000円なんてことは、まず滅多にない。頻度だって多いときで週に2回。行かないときは1週間のうちに一度も飲みにいかないことだってざらにあるのだ。
いったい消費せずにういたお金たちはどこへ行ったんだろう。不思議でしかたない。

そうはいっても今後は年相応に、それなりのときにそれなりでいられる、いわば‘備えと維持’のためにお金をつかうことになるんだろうな。
掛けるところにはちゃんと掛けておかないといけない年齢になってきたわけだし。老化対策と健康管理と人生の謳歌に金を遣う…、歳を取るって、お金がかかるわね。
まぁそんなことが本当にできるだけのお金があれば…の話だけど。

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どうするヒデ? 「サッカーあれこれ(140017)」

来月13日に開催のワールドカップアジア1次予選vsオマーン戦のメンバーから、ヒデが外れた。ヒデの意向も反映されているらしいから、ジーコが一方的に外したわけじゃない。今年3月に離脱してから治療を続け、フィオレンティーナでは‘復帰’してはいるものの、どう騙し騙しの感が否めない。
ヒデの不調の原因である股関節痛は、かつてジュビロのゴンも患ったサッカー選手の職業病ともいえる疾患。病名からして痛そうなこの疾患は手術でクリアできる場合もあるらしいけど、ヒデはまだ受けていない。フィオレンティーナでのポジションが確率していない今の時期に、長期間現場を離れることの危うさのせいか。
サッカー選手としての報酬の他、企業によるキャラクター起用、W杯中のカフェの運営、東鳩でのチーフ・ブランディング・オフィサーとしての活躍など、すでに一生遊んで暮らせるだけのギャラを稼いでいるはずのヒデ。サッカー選手をリタイヤしても、彼は‘ヒデ・ブランド’として立派にビジネスを展開していけそうな気がする。
ジーコジャパンの司令塔という肩書きはあるけれど、アジアカップでファンタジスタの名を欲しいままにした俊輔が、もはや立派な司令塔であることは認めざるを得ない。復帰できたとしてもいったいどこにおさまるのか、ヒデ…。どうあれこのままメディアから消えることはないとは思うけれど、結局ピッチを泳ぐ生ヒデの姿を拝めないまま、彼は引退してしまうのか。
あぁ、それだけが無念で仕方ない。

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濃いめモードに走る秋 「それってどうなの?(251)」

秋になるとなんでも濃いめのものを欲してしまう傾向がないだろうか。「さっぱり」で通してきた夏の後にやってくる季節だから必然ではあるんだろうけど、最近やたらと自分の嗜好が濃いめにシフトしていることに気づく。
まずはカフェに入ってオーダーするものがガラッと変わった。ソイミルクで作ってもらっていたカフェ・モカをピュアなミルクにするし、エスプレッソをダブルで飲みたくなったりする。料理も夏は白だしベースだったものを、砂糖と醤油の甘辛にしたくなる。そうしてこの傾向はワイン選びにも現れだした。昨日、本当に久しぶりに赤ワインが飲みたくなって、船橋西武に駆け込んでラミテッロを買って帰った。給料日ってこともあって、ついでに最近はまりにはまっているアンデルセンのパンを合わせる。このパン、ドライフルーツやナッツがこれでもかってくらいに入っていて、パンはどこやねん?といった風情でずっしりと重い。頬張るとフルーツのほのかな甘さにシナモンの香りが漂って、パリっとしたフランスパンの表面の香ばしさがまた小気味よく…。しかし唯一の難点は高いことだ。一本880円もする。ふたり暮らしなのに、パン屋ごときで500円以上払うのは甚だ贅沢と思う。880円ならダブルソフトが4斤買える。だから未だに、しかもたまーにハーフサイズをありがたーく買う程度なのだ(悲)。そうそう頻繁に880円のパンを買える船橋市民っていないような気がするんだけど…。でもって給料日の太っ腹モードに歯止めを外され、「超」だの「匠」だのとうたっているおいしそうなウインナーにまで手が伸びて、ついでにブリーチーズも…っと…。お手軽なわりに高く付いた夕食だったのだ。

話は「濃いめ」に戻るけど、ってことは暑苦しいタイプや、眉毛がつながってるような人も、これからの季節は我が物顔でOKってことか。そういう意味ではほとんどのタイプの人間が心地よく毎日を謳歌できる季節といっていい。ワンダフルシーズンである(意味不明)。
でもデブ専の女性が「彼って大きくって熊さんみたいに暖かいから好きっ」なんてよく抜かしてるけど、彼女たちは真夏の酷暑の折でもそんな彼氏と睦まじく寄り添っていられるんだろうか。よほどの低温症か、愛に溺れやすいタイプに違いない。

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たまりゆくサンプルたち 「それってどうなの?(251)」

昨日、やっと扇風機を片づけた。
つい最近まで相方がお風呂上がりに使ったりしていたので、放置していたわけではなく、しまえなかったのだ。でももうさすがにこの2、3日は朝晩が涼しくなり、週末には母もやってくるとあってあちこち片づけ始めたのでついでにしまってしまったのだ。
そのついでにと、普段手が回らない整理ダンスの引き出しや化粧品の類をひっくり返して整理しはじめたんだけど、化粧品サンプルってどうしてこうもたまってしまうんだろう。今の時代、化粧品を定価で買うことくらいアホらしいことはないので、たいていはドラッグストアーやヨーカドーあたりのオフの日を狙って買っているけれど、その都度何かしらのサンプルをいただく。あるいはサンプリングでもらったり、DMで送り届けられたりと、まるでサンプル天国。旅行やキャンプのお風呂セットは、わざわざ買う必要もなく、サンプルだけで十分ってときもあるほど。でもそうそう外のお風呂にいく機会が多いわけでもなく、しかも最近はボディーシャンプーやシャンプー&リンス備え付けの施設も多いから出番はほぼなくなってしまう。じゃあ家で使っちまえと思っても、濡れた手だと非常に切りにくいサンプルシャンプーのパッケージと格闘しつつ、短い髪だと中途半端に残ってしまって捨てるのが惜しい気がしつつ、そうまでしてサンプルを使う気になれず、そうしてどんどん溜まっていくサンプルたち。あちこちに仕舞われていたのを一応まとめてみたものの、結局また引き出しにおさまってしまっている。
だからせめてと、基礎化粧品の類だけでも使ってしまおうと、今使っている化粧水や乳液をしまい込み、ちっちゃいサンプルのビンたちをずらっと並べてみることに。ブランドを統一するくらいの気は遣うけど、基本的に何を使っても大差のない肌にものをいわせ、どんどん消費してみよう。いつものようにケチる必要もない。バシャバシャと浴びるように使えばいい。ついでに衰えが出やすい首にまでつけちゃえ!きっとこの一週間でかなりの在庫一掃ができそうだ。

考えてみれば、増えているのは私のものばかり…だったりする。見えるところに物を置くことを嫌う相方は、基本的には片づけ魔だから、ものを取っておくことをしない。本も少したまると、どんどん売りに行く。買いたがりのくせに捨てる。半年前に買ったものでも、安物だったし…と捨ててしまうことも。O型がここまで整理好きだなんて知らなかった。リビングもキッチンも、出来る限りのものを収納したがる。でも我が家はモノの数と収納スペースのバランスが悪いため、彼の思いはまず実現できない。じゃんじゃん捨てちゃう相方と、捨てない私。かわいそうにとは思う。でもこればっかりは仕方ない。決して広くはないけど、そんなに狭い家だとも思えないんだけどなぁ。この先どうなっちゃうだろう。

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パワーボールにはまる 「★つ・ぶ・や・き★(1279995)」

最近パワーボールに相方とふたりしてはまっている。パワーボールとは、遠心力を利用して指や手首を強化するためのテニスボールくらいのプラスチック製のボール。先日のキャンプでシュルケンさんへの誕生日プレゼントとして相方が持っていったことで火がついて、うち用にまた買ってきたのだ。本気でやると翌日筋肉痛になるほどの運動量があって、すぐに腕もだるくなるけれど、ボール内のおもりのバランスをうまくとりながら回転数を上げていくのがなんともおもしろくて、TVを観ながらウォンウォンと音とたてながらまわしている。akiさんいわく、これの腹筋バージョンがあればなんの苦もなく鍛えられるのによぉ…とのことだけど、まったくだね。はまるくらいやってみたいよ、腹筋運動。

さて今週末はもう10月。あれよあれよってこういうこと…?そうしてもう歳の瀬まで2ヶ月。歳とるはずだ。今年は早かった。仕事の環境が変り、つまりは毎日がいろんな意味で刺激的だったからだろうか。愚痴で始まり愚痴で終わるような毎日もあったけど、それでも時は流れるものだ。まだ自分のスタンスを確率できたとは思えないけど、まだまだふんばらねばなぁ。よく遊び、よく働ける日々を続けていかなくてはなぁ。

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仕事で旅行博へ 「今日の出来事(972451)」

一応仕事の半分は旅行代理店からの制作ものを受けている都合上、行っとくべきでしょってことで休日返上で向かったビックサイトの「旅行博」。なにがびっくりって一般客が予想以上に多い。ディスティネイションの情報をわざわざ収集に来るんだろうか。どんなカテゴリーにおいても、熱心な人っているもんだ。すばらしい。ってか余裕があってうらやましい。私なんか旅行にでかけるといっても、行く直前にそこらへんの本屋で簡単に手に入るガイドブック買うくらいだし。でもひょっとすると、各ブースで開催される福引きで恐れ入った。ツアーや航空券をゲットするのが狙いか?実際当たってる人いたもんなぁ。いやはや、いずれにしても恐れいった。
ところで。金曜日に先導役のN女史から「国際展示場正門前改札で13時に!」とメールをもらっていたんだけど、5分前になってもだれも姿を見せない。こちとら鼻づまりで不快指数110%のローテンションだっつうのに、どういうことよっと…と思いつつ、目に入った地図をみてフリーズした。私が待っていたのは臨海線の「国際展示場」駅。500mほど先にゆりかもめの「国際展示場正門」駅ってぇのがあるじゃんか。時計はすでに13時を回っている。体調不良を逆に気遣わせてしまい、私としたことが甚だしいポカである。ボーっとしちゃいかんな。でも実をいうと帰りにもボケをかました。新木場からの京葉線は南船橋で乗換えをしないと船橋に帰ることができないことに気付かず、となりの海浜幕張まで行ってしまったのだ。逆にこの駅で間違いに気が付いた点は我ながら天晴れなんだけど。いつも相方の後ろをひっついて移動してるからいつまでたっても自分で覚えられないらしい。逆に都内は私のほうが抜群に動きがよいのだが。やっぱり未だにふたりでやっと一人前だ。

肝心の旅行博は、もちろん最初にハワイ観光局のブースへ向かい、めぼしいホテルパンフやゴルフ場パンフなど、来月からまた始まる某J社のアイランズパンフのコピーに使えそうなものをごそっともらう。ついでにキーホルダーや、ハワイアンフラワーのイラストがついたゴルフのピンやら、あれこれ小物もゲット。居並ぶブースの中でひときわ目立つドバイへと足を運ぶ。「さわってください」と書かたれたカウンターに敷かれたドバイのビーチの砂の美しさはどうなの。味塩よりもはるかにこまかそうなオフホワイトの砂はきらきらと光を放っている。アラビアンナイトの世界そのままの絢爛さが売りのドバイは、今もっとも注目を集めているスポットだ。お金持ちの国らしいリッチなムードが満点。ハネムーンには超オススメらしい。
一方表紙抜けするほどこじんまりとしていたのが英国やフランスなどヨーロッパ。イタリアがエリアごとに分けられた展開を見せていたのがせいぜい。このあたりはコンスタントに集客できているからだろうか。せっかくだからイタリアワインや生ハムあたりを販売すればいいものを、内輪のおしゃべりに忙しいスタッフは、たまに客にパンフレットを渡すくらいでまったく愛想がない。トルコが実演販売していたアイスクリームに信じられないくらいの長蛇ができていたんだけどな。そう考えると、はやりアジア圏の国民のほうがホスピタリティー精神は豊かだな。
ふ~。
今日は1時間程度しか回ってないのにひどく疲労。
気温の割りに相変わらず纏わりつくような湿気がひどい。爽やかな秋はまだか。

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いかしたケータイストラップが欲しい! 「それってどうなの?(251)」

ケータイを買い換えたのを機に、雰囲気のあうストラップをと探しに出かけた。
しかーし。
まったく触手が伸びないのである。
向かったのは渋谷ロフト。数だけはずらりと並んでいるのだが、ほとんどがキャラクターもの。ほかには三つ葉のクローバーをはじめとしたラッキーチャームの類か、ビーズだのトンボ玉がじゃらじゃらしたものか、機能性に特化した色気のないものばかり。ぐるぐるとシェルフを回ること数回…。結局何も買わずに帰ってきた。
んー。これだけ種々雑多な端末が発売されているというのに、ストラップのバリエーションが少なすぎやしないか。もうすこし気の利いたデザインのものがあってもよかろう。
ついでに言えば、画面を拭くクリーナーももっと開発して欲しい。特に私が買ったW21SAのように画面が大きいタイプは汚れが目立つ。通話するたびハンカチや洋服の袖やらで拭くのはスマートじゃないんだな。マスコットのお腹部分がクリーナーになっているのを使ってたけど、大きすぎて邪魔だし。シンプルにクリーナーがストラップチックにおさまっているものは見かけたことがない。とりあえず今日は貼ってはがせる式のクリーナーシートを買ってきたけどいつまでもつのやら。がんばれ!携帯関連グッズ!…、ってか作っちゃうか!?

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いきなしのauデビュー 「今日の出来事(972451)」

行動がいきなりで大雑把。これ、B型の大きな特徴。
B型であることが非常にわかりすいといわれる私は、やはり衝動的な生き方においては群を抜いていると自分でもしばしば思うことがある。
とりあえずは今日ケータイをドコモからauに変えたこともいきなりだ。乗り換えようとなんとなくは思っていたけれど、やや風邪を引いたのかちょっとダルめの体調をおしてまで行くほどのことでもなかったのだ。私の人生、すべてはノリが命なんだなぁ。
そんなわけだから、機種もなにも決めないままそれでも安さだけにはこだわって、船橋駅周辺の5ヶ所のケータイ屋を回ったのだ。いくつかのショップで説明を聞きつつ、ケータイに関してはかなりアップデイトな情報を持っている相方のアドバイスを受けつつ、結局はwinのなんでもありモデル、W21SAを買った。私にとってはとんでもなくオーバースペックなんだけど、液晶の美しさとフォルムに惹かれるといった甚だしくミーハーなチョイスをしてしまった。まぁこれも何事もスタイルから入るB型ならではといえなくもない。
ぜんぜん知らなかったからひどくラッキーに思えたんだけど、9月1日からケータイの番号が変ると、旧番号にかけてきた人に新番号をアナウンスするサービスが始まっていた。しかも端末にメールアドレスがメモリーされている人に、変更の内容を一斉にメールできるサービスもつじている。ケータイを替えるときは何が面倒ってこの連絡作業だからね、これは実にありがたいサービスじゃなかろうか。
かつては仲間内でもダントツトップだったドコモシェアが、ここ1、2年で激減して、今やドコモを使っている友人知人は数えるほどしかいない。ドコモに文句があるわけじゃなく、頻繁に連絡を取る相手のキャリアが替われば仕方ない。相方、母がauで、のり平もauに鞍替えし、まもなく弟もドコモから乗り換えると聞き、寂しがりやの私はどこか置いてけぼりな気分にもなったのだ。
しかし今日買って帰ってきてからというもの、くだんのケータイは相方のおもちゃと化している。実は相方垂涎のモデルだったのでいじり倒したいのはよくわかるから、面倒な基本設定の類をやってもらっている。渡りに船、願ったり叶ったりだ。しかしどうあれ機能を覚えなくてはならないのは私だ。これだけがいつもめんどくさい。

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風の道がない新橋 「それってどうなの?(251)」

昨日の夜、見るともなしにつけていたテレビから東京のヒートアイランド現象の話が聞こえてきた。真夏の気温を等高線式に見ると渋谷や新宿といったエリアがぐんと高くなることから名付けられた名称だけれど、灼熱地獄東京を語るキーワードとしてすっかりお馴染みになってしまっている。
未だ真夏日記録を更新中の今年の夏、そのヒートアイランドの話題を独り占めしたのが新橋だ。汐留の臨海エリアにそそり立った電通や共同通信などの高層ビル群、いわゆる「TOKYO-WALL」は、夏になると吹き込んでくる東京湾からの海風を遮断してしまい、それが原因で新橋界隈は路上温度が42度という日もあったのだ。ヒートアイランド現象は、単にこのエリアの気温を上げるだけじゃない。車の排気ガスなど毒性を持つ大気が外側から内側へとぐるぐる循環し、この一帯を包み込んでしまうのだ。この夏、オフィスがある西新橋でも光化学スモッグ注意報が何度もアナウンスされたけれど、その原因の一端をTOKYO-WALLが担っているらしい。そんな汚染された場所へ日々金を稼ぎに出かけている私。喰うために働いているのか、働くために生きているのかがよくわからなくなっている今、ますますもってやりきれない。それって、どうなの?

かつて町には『風の道』というものがあったらしい。自然がもたらす風は森を抜け川を渡り、人々の生活エリアに吹き込んだ。雨や香りや敵や実りや、さまざまなものを運んでくる風は、本来生活とは切っても切り離せないものだったのだ。京都では昔から建物を建てるときに風の通り道を意識するというけれど、日本に限ったことじゃない。‘太平洋のピンク・パレス’とうたわれたハワイの高級ホテル、ザ・ロイヤル・ハワイアンでも優雅なパブリックスペースを抜ける風は『風の道』を意識した設計の賜物だ。このところの大雨や暴風といった天変地異が、どうも本来進むべく方向とは異なるベクトルへと発展している世の中に対する警鐘だったりするんじゃなかろうか、なんてことをふと思ったりした。

そして今日も新橋は暑い。

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人生の折り返しを過ぎて 「それってどうなの?(251)」

毎日毎日日本の至るところで起きている殺人。もうニュース報道を見てもさして驚きもしなくなってしまった。
人間関係のもつれによる怨恨や、強盗殺人といったものに加えて、最近では覚醒剤使用によるものが増えて一層残忍さが増したようにも思える。覚醒剤がいかに一般にまで蔓延しているかが伺える。レジャー産業やアミューズメントではやたらと‘楽園’という言葉がキーワードになっているけれど、現実の世界とはあまりにかけ離れている。健やかさや穏和なニュアンスが感じられない殺伐とした世の中になってしまっている。
そんな中、また気分が塞ぐような事件が起きた。71歳の妻が73歳の寝たきりの夫の顔に枕を押しつけ窒息させたのだ。うちの親と同年代じゃないの。
夫は昨年の夏から寝たきりになっていて、妻がひとりで介護していたらしく、しかし自らも病気がちの妻は「自分が先立ったら夫はどうなるのか」と思ったらしい。本人からの通報で警察が駆けつけたとき、妻は夫の枕元で泣いていたという。やりきれない。想像しただけで胸が痛くなる。
これもまた殺人ではある。ではあるけれど愛あるゆえの衝動だろう。年老いた妻に対してはどんな処分が下るのか。植物人間の妻の人工呼吸器のスイッチを切った夫の話も昔あったけれど、自分の手で明らかにまだ生を営んでいる夫を殺めるのはいったいどんな気持ちだろう。老い先決して長くはない妻の体と心に、枕を通して残ったに違いない夫の逝く感覚は消せるはずもない。まさに筆舌に尽くし難い悲壮感がそこにはある。
老いて生きるってどういうことなんだろう。肉体や感性や思考能力の衰えに怯えながら、それを凌駕する生きる喜びなど見つけられるものなんだろうか。ましてや子も孫もいない老後に、いったいどんな希望があるのだろう。
老々介護の悲劇もさることながら、自分自身の生き様を自分なりに納得することもできず、ただの‘死に待ち’として毎日を送るのは、人生の終焉にしてはあまりに惨めな気がしてならない。

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新宿の老舗カレー 「今日のランチ(75269)」

そもそもは相方が誕生日プレゼントを買ってくれるという目的があったんだけど、ひどく久しぶりに新宿へ。歌舞伎町へは今月始めに行ったけど、今日は東急ハンズを目指して南口に降り立った。ハンズでの買い物は結局私の心変わりで達成できず、他の探し物も見つからずで、着いて30分ほどで用が終わってしまった。カレーが食べたいという相方の意見で、紀伊国屋地下街の「モンスナック」へ。創業昭和39年というこのカレーやさんは10人も入れば満席というスタンドがあるだけのお店。でも新宿のおいしいカレー番付にはいつも名を連ねていて、壁には色紙もずらっと貼ってある。うちの母が東京にいた頃は、伊勢丹に行ったついでによくひとりで食べに来ていたらしい。で、私は「辛口カレー」を、相方は大盛りでそれぞれオーダー。ルーというよりはスープというニュアンスに近いサラサラのカレーの中にアーモンド型に入れて成型されたライスが。カレーの香辛料に隠れてトマトの風味がしっかり香る私好みの味だ。食べ終わる頃には唇がひりついてくるから辛味スパイスはそれなりに入っているんだろうけど、あっさりといただけてしまう。でも首の後ろには汗が…。クセになりそうな味だ。

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キャンプは早すぎ?秋はいずこ 「今日の出来事(972451)」

昨日に引き続き、9月とは思えないうだるような暑さである。バッタやトンボやコオロギはわかるけど、蝉の声ってどうなの。夏なんだか秋なんだかわかりゃしない。朝食の準備ですでにジーンズが汗でまとわり着くような暑さを感じるし、撤収時に至っては汗をかかない私ですら、Tシャツが湿ってしまう始末。また焼けちゃったね。
今回はお酒も食材も買出し時の勘がドンピシャだったようで、余ることもなく経済的に消費。たいてい毎回残ってしまうビールや缶チューハイを飲みきったのは暑さのせいか。
お昼はこれも去年と同じく道の駅「ふれあいパーク君津」でそれぞれに定食を。併設する物産店では栗やこんにゃく、野菜など地元の農家で作られた食材がどんと並ぶ。おいしそうなしいたけと自家製の厚揚げ、会社への土産を買い込んで船橋へ。千葉のキャンプ場はその日のうちに道具のメンテができる時間に帰ってこられるから楽チン。タープやシュラフを干し、紙で拭いてきただけの食器を洗う。
今年はもう1回くらい行けないものかなぁ。ダッチオーブンを今回は持っていけなかったから使っておきたいんだが。

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フルーツ村キャンプ場へ 「キャンプを楽しむ方法(14173)」

土日を使って千葉県君津のフルーツ村キャンプ場へ出かけた。キャンプを本格的に始めて約3年目。今年は仕事による忙殺が祟って、なんとこれが第1回だ。下手をすると今シーズンはこの1回っきりになるかもしれない。連休なんだから2泊すればいいものを、これがまたもろもろと参加者の都合があって結局慌しい1泊に。でもあちこち出かけたキャンプ場の中でも、ここは四方を深い緑に囲まれていてカヌーができる川もあるなど、手付かずの自然が残っている。毬栗がたくさん落ちている去年と同じサイトを予約して、船橋から3時間足らずで到着した。
実家から戻って二日を置いてのキャンプ、しかもなんだか精神的にも気だるいモードの私はやや低いテンションに終始。それでも大分で買ってきた麺を使った「だご汁」やら、今回初メニューに取り入れた山芋の炭火焼きやら、日が暮れる前から延々と飲んで食べての宴が続く。虫の声、フクロウの声、薪のはぜる音、そして早々と寝てしまったakiさんの不思議なリズムのいびき…、いろんな音をBGMにぼそぼそと続く会話に思わず転寝。やっぱりどこか疲れが溜まっている感が否めない。
それにしてもすごい暑さである。多少なりとも標高があるはずなのに、用意してきた長袖シャツを羽織ることもなかった。まだまだ快適なキャンプには早かったのかも。

ところでこのフルーツ村キャンプ場。トイレや炊事場などはお世辞にもきれいとはいえない。サイトや周囲の環境にもあまり手が加えられていない。つまりある程度キャンプ慣れしている人たちがやってくるキャンプ場といえるわけで、ほとんどの客が子供連れなのに非常にマナーがいい。大声で泣き叫ぶ子や、人の迷惑顧みず暴れる子などを見かけることもなく、それどころか設営も料理も家族みんなで協力しながらやっているサイトばかり。みなさんよくわかってらっしゃる。混んでいた割りにとても快適な夜が更けていった。

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なおニン的鬱症候群 「★つ・ぶ・や・き★(1279994)」

よく毎日書くことがあるよねと、言われる。確かにね。
昔から思いつきだけはパワフルで、日記を付け始めたことは何度もある。恋愛がらみの悩みが多いときや、ラブモード全開の時に書き始めるのがマイパターンなんだが、それも何ヶ月かするうちにさぼりがちになる。毎日同じような言葉を繰り言のように並べてしまうことに対する辟易感やら、ノートに向かう気になれない心の余裕のなさやら、はたまた逢瀬に忙しくて自分の心と向き合う時間がなかったりと、それはまあいろいろと原因はあったりはしたんだけど。だからこうも毎日日記を書き続けることができている自分は、実は案外すごいと思っている。何万人もの人ができていることであっても、やっぱり自分もすごいと思う。なぜ続けられているのかは、読みに来てくれる人たちがいて、感想を残していってくれる人たちがいることに他ならないから、本当は自分ひとりの力で継続できているとはいえないんだけどね。
でも、ここ何日かネタがない。自分の中に驚きやら憤りやら喜びやらが芽生えない。今朝の電車では、隣の若い子がしなだれかかるように寄りかかって居眠りをしていたけれど、まぁいいかとそのままにしておいた。一度だけ肩をずらすようにしたら目が覚めたようだったけど、何分もしないうちにまた同じ態勢になるわけで、それを思うといっそそのままでいいやと思ってしまった。新橋駅に降り立って数分歩いたあたりで、小さな段差に靴のヒールを擦ってラバーのソールが取れてしまって、今日ってツイてない?と思ったけど、会社についてネット検索したらミスターミニットが地下鉄新橋駅にあるってことがわかったし、それはそれで収穫。でもってすぐに駅までいって5分たらずで直してもらう時間的余裕があったこともラッキー。アンラッキーをアンラッキーと受け止めない生き方ってこういうことなのかもしれない、なんて思ったりして。でもやっぱりどうも心が弾まない。そこはかとなくブルーな気分は今日もここにある。なおニン的鬱症候群って感じ。実家に帰って親と久しぶりに過ごし、家族ってなに?とか、人生ってどう?とか、老いることって?とか、普段あまり考えもしないことを考えてしまったせいかもしれない。みんな、ちゃんと考えてるんだろうなぁ。私は考えていないから、いつもこう脳天気でいられてるんだな。
どよーん。

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仕事復帰のブルーな気持ち 「★つ・ぶ・や・き★(1279994)」

この夏に父上を亡くした友人に2週間ほど前にメールを出した。お通夜にも顔を出すことができなかったので、落ち着いたころかと思って力づけのつもりで打ったのだ。
すぐに帰ってきた文面からは、元気ないつもの彼女の雰囲気が伝わってはきたけれど、
「本当に寂しくて悲しくて仕方ないから、あなたも後悔のないように」という彼女の言葉が、痛んだ心を物語っていた。
「後悔のないように」…。いったいどうすれば。飛行機で1時間半も飛ばなければならない距離が前提となると、その策は限られる。顔を見せることが一番となれば、頻繁に帰省するしかない。経済力があれば再び東京に呼び寄せることもできるだろうけど、それこそ夢のまた夢。後悔は必至なのだ。
不思議と私の周りには、親と遠く離れて暮らす人はいない。同居かあるいは電車でいける距離に離れて暮らす連中ばかり。歳を取るにつれ、そういうことがうらやましく思える。親孝行したいときに親はいないというけれど、私の中ではすでにそれに近い気分がある。年に1、2回逢う事に少しずつ老いていく両親。昔はなんでもやってくれていたのに、徐々に頼られるようになる。そばに居られれば、いくらでもいろんな意味で支えになってやれるのに…と帰省のたびに改めて思う。
なんとはなしに気分がブルーなのは、久しぶりの仕事がだるいだけじゃなく、そんなことをつらつらと考えてしまっているからに違いない。

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人の心はどこまで荒んでしまうのか 「★つ・ぶ・や・き★(1279994)」

ただいま。
旅から帰ってきたとき特有の、現実復帰の苦痛と戦っている。風の冷たさに思わず身震いし、今夜の夕飯のことを考えなくてはならない。それに、本当に明日から仕事ができるんだろうかと思えるほど、仕事のことが頭から抜け去っている。つっても、そんな私の感覚なんてお構いなしに、明日はもろもろ忙しいはずだ。旅の終わりのむなしさは、何度味わってもその感覚に慣れることはないな。

実家にいるときから気になっていた栃木県の兄弟誘拐事件。姿を消したという報道がされたときから嫌な感じはしていたが。昨日由布院から帰る途中のラジオで3歳の弟が遺体で発見されたことを知り、家族中でやりきれない気持ちになった。
福岡へ発つ前夜、部屋を飛んでいた蚊を叩こうとソファーに上がったはいいが、バランスを崩して床に落ち、腕を棚に強かに打ち付けたんだけど、打ったところはジンジンと脈を打つように痛くて、実家で寛いでいるときも痛みが引かなかった。全身に虐待の後がある兄弟。殴られて晴れ上がった顔…。今の自分の腕の痛みが、いやひょとするとそれ以上の苦痛が全身に及んでいたかと思うと、頭に浮かんでしまうそのシーンに思わず目をきつくつむってしまう。あまりに痛ましい。生きることの意味すら知ることなく、想像を絶する恐怖に苛まれながら亡くなっていった幼い子供たちの思いは、どこにも誰にも届くことはない。こんなことが現実に起こっているなんて、今でも信じられない。毎日毎日、必ず日本のどこかで殺人が起きるほど荒んでいる人の心ってどうなの。殺しても謝罪や反省をしない人の心ってなんなの。理解できない心を持った人たちが、ずいぶんと多くなってやしないか。

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やっとありついた英ちゃんうどん 「国内旅行について(62796)」

朝7時。母が開けた窓からは晴れ渡った空に映える由布岳の姿が確かに見えたのに、10分ほどうとうととするうちにあっとうまに霧に包まれた。墨絵のようなシルエットしか見えない。なるほど由布院は霧の里だ。
朝食をとりに食事どころへ移動すると、前面ガラスの窓からは再び晴れ渡った空が見える。さまざまに趣を変えるのもまた楽しい。
今日は金燐湖よりもやや駅よりのところに車を止め、2時間近く散策を楽しむ。古木使いの味のある店が軒を連ね、柚子胡椒や変りしょうゆ、豆腐や湯葉など大分の特産品をあれこれと加工して販売する店が続く。強い日差しは相変わらず。焼酎を買ったはいいが、重さでさらに汗が噴出す。やれやれ。
お昼前に由布院を出発し、久住方面へ向かう。途中「りんご村」という施設で手打ち蕎麦の昼食。そば粉100%の蕎麦は細く、かつよく〆てあっておいしい。メニューにあった「りんごのかき揚げ」をオーダーしてみると、これが意外なおいしさ。シナモンが欲しいところだ。しかしここのりんごたちは先日から2度もやってきた台風で全滅したそうだ。普段なら収穫時期のはずが丸裸の木が痛々しい。そのほか今日はいたるところで杉林の杉が倒れていて、その被害を物語っている。私は時期がずれていなくて幸いだけど、地元にとっては深刻な被害だ。
今日はややグロッキー気味の父に代わって、久しぶりにハンドルを握る。おととしのGWに黒姫に行ったとき以来じゃない?きなしのワインデングロードで冷や汗もんだったけど、隣の母は余裕で寝てるしな。安心走行だったってことでしょ。
一旦家に帰ってから、izumatsuさんと共通のお気に入りうどん処「英ちゃんうどん」へ。ちょっぴり迷いつつも「ごぼ天うどんとかしわおにぎり!」だよね、それっきゃないね。
父が頼んだ「上海老うどん」は海老のてんぷらがまず運ばれてきて、それから素うどんがやってくる。カラッとあがった海老をいただくのが身上らしいが、父によれば海老は揚げられてから結構時間がたっていそうな代物だったよう。意味ないじゃん。
しかし私のごぼうは以前よりも太く姿を変え、到着日に食べた「因幡うどん」のそれよりも歯ごたえがよくて素敵。お出汁もややもすると甘さを感じる「因幡うどん」より、塩気が効いた英ちゃんうどんの方がうまい。またおつゆまで完食。うー。ごちそうさま。もう何も食べられませーん。

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両親と湯布院へ

帰省のたびに阿蘇へはよく行っていたけれど、その帰りついでに行くだけで、ゆっくりと楽しんだことがなかった湯布院。今回は、たまには温泉も…という私のわがままで両親と由布院一泊旅行を慣行。古賀インターから初めて小倉周りで由布院にアクセスした。
途中、周防灘方向に海を臨みながら、やがて何本もの湯煙が立ち上る別府へ到着。別府湾SAでは、昔、猿にとられた私のハンドバッグを父がバナナと引き換えに取り返してくれたという、我が家取っておきのエピソードの舞台である高崎山の眺めにしばし見入った。そこから約30分もせずに由布院到着。磯崎新による駅舎はずいぶんと昔の由布院のイメージとはかけ離れている。
平日とはいえ、民芸村のあたりは人通りもあり、金燐湖では驚くほどの人出。前回お茶をしに訪れた金燐湖そばのカフェ「天井桟敷」で、今回も今日一杯目のコーヒーをいただく。
宿は湯布院の観光スポットから少し離れた高台にある‘彩岳館’。部屋の窓からは、雄大な由布岳が迫る素晴らしい眺望が楽しめる。そして今夜も怒涛の美味三昧。どれも実に気配りの効いた仕事がされている会席料理をいただく。とっくにリミッターは切っていても口に入れてしまえる恐ろしさはどうなの。夜10時からの家族貸切風呂に母と入ったときも、まだ胃がこなれていなかった。この家族風呂、お宿の方に勧められたとき、「オレもいっしょに入るとや?」と父。んー、さすがに「いっしょ」はどうかと思うよね。せめて入れ替え制にしないとね。でももうそのころは高いびきの父。心配に及ばなかった。
今日はまるでスコールのような雨に一瞬降られた。晴れてはいても、大気の状態が不安定らしい。霧の多い由布院。どうか明日もきれいな空を見せて欲しい。

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海とエスニックとやっぱおなかいっぱい 「筑前(宗像・飯塚・筑紫野)について語ろう(4)」

実家の朝は早い。
土日もなにもない人たちだから、日曜も普通に7時前からなにやら活動している。8時前、部屋の雨戸を開けると寝ぼけ眼に射るような朝日。気配に気づいた母が、まだ、ゆっくり寝てていいのよ!とはいうが、もう暑くて寝てなどいられない。
不燃ごみを近くの公園まで出しに行くのだという母に付き合って、散歩がてら家を出る。スッピンに帽子を目深にかぶって。晴れ渡った空はいかにも高く、秋の筋雲が大きな空に広がっている。公園のまでのみちすがらでは、たくさんの赤とんぼが飛び交い、これ以上の秋の風情はかなろうというもの。でも呆れるのはこの日差し。たまらんって。

昼前に父問う。
「どこか行きたいところはないとや?」
「バグーズと海だね」と私。
とろろ蕎麦のお昼をいただいて、両親といっしょにでかける。宮地嶽神社の鳥居の先に広がる宮地浜海水浴場はきれいな砂浜が続く遠浅の美しい浜。ピークを過ぎた波打ち際には、それでも親子連れの姿が見られ、沖のほうには白い帆がいくつも浮かんでいる。憧れちゃうな、海を身近に感じる生活って。
再び車に乗り込み走ること2分ほど。バリを中心とした雑貨と衣料品と家具のお店、バグーズがある。最近はエスニックな居酒屋さんも併設している。ここの品揃えは東京でもなかなかお目にかかれない充実振り。帰省するとほぼ100%の確立で立ち寄っているお気に入りのお店なのだ。私のアジアンコスチュームはここで仕入れたものがほとんどだ。今回は相方がお尻でぶっつぶしてしまったイサム・ノグチのランプシェードの代わりになるものを物色。バナナの葉で編んだユニークな形のフロアスタンドを購入。5,200円はお買い得だと思うんだけど、相方お支払いはよろしくね。
夕方、あっというまに黒雲が広がったかと思ったら、バケツをひっくりかえしたような夕立が。心配症の父は、明日のロングドライブを気にして天気が気になるらしく落ち着かない。「雨走行は危ないからなぁ…」だの「おととい、すぐそこの北九州で玉突きがあったんだぞ」と、独り言とも付かないことをぶつぶつ言っている。
「明日が晴れればいいんでしょっ!晴れます!ちゃんと」といってやると、ケラケラと笑っている。晴れ女の私の実力をまだ訝しがっているのかな。どしゃぶりになってから心配しろっつぅの。
今夜はしめ鯖とおきゅうとと、アボカドと豆腐の変りサラダ、チキンと野菜のソテーというラインアップ。これでも水餃子を作るというのを断ってのメニュー。もう一日中膨満感が払拭できないんだから、なんとかしてほしい。そうしてやっぱり冷やしてあった母の秘蔵イタリアンワインと、とうもろこし焼酎がででんと…。
夕食が終わったら父からパソコンのことで質問攻め。
うぅ…、疲れた。
明日からがメインエベントだっつうぅに。

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満腹で寝付けない福間の夜 「★つ・ぶ・や・き★(1279994)」

一年ぶりの福岡帰省。
通いルートのようにやってくる台風の間隙を縫うように飛んだ福岡は、思わず途中で着替えが必要なほどに暑かった。
JALのクラスJでゆったり快適に福岡入りしたら、まずは博多駅での到着セレモニーともいえる、博多うどんをいただくために、わざわざ恒例父のお迎えを丁重にお断り。地下鉄で二駅揺られ、去年と同じ博多地下街の「因幡うどん」の暖簾をくぐる。椅子に座ると同時にメニューに目もやらず「ごぼ天うどんねっ(420円)」といっちゃうあたり、まるで福岡っ子に戻ったようで心地よい。相方がいっしょなら、迷わず「かしわご飯にぎり」もサイドオーダーしていたところだ。博多うどんの塩気とコク深いかしわご飯のハーモニーは、福岡生まれの感性にしっかりと備わった極上のデリシャスペア。んー、残念っ!さすがに2個セットじゃキツいべ。
ところで因幡うどんのごぼ天うどん。ごぼ天の「ごぼ」よりも天カスの方がボリュームがあって、しかも斜め切にしたごぼが歯ごたえ悪くあきまへん。この場合のごぼうは千切りにしなくては。おだしはいうことありまえせんでしたが、このごぼうはどうかと…。
でも私がいる間のオーダーの90%はごぼ天。10%がわかめうどん…。ごぼう強し…。強いこといえまへん。大御所、英ちゃんうどんのごぼうやいかに…。追ってNAONEONAOで紹介します。
そうして博多駅から鹿児島本線福間に到着。お迎えの車でいざ実家へ。ここからまた例によって母の怒涛の食の饗宴が開催される。はまち刺、砂肝炒め、がめ煮、豆腐とわかめ、ほうれん草のおひたし、明太子いわしの塩焼き…。これでもスモークサーモン他数種類のメニューを辞退した挙句だ。もうとっくにリミッターはきっている。挙句にビール、母がずっと開けたかったらしいスペインの白ワイン、父がわざわざ限定品を手に入れたというなでしこの花の酵母で作った麦焼酎と、断るに断れない思いのこもった酒もたんまり。
もー、たまらんって。
飲むしかなかろーもん。
飲んだったい。
酔っぱらとーと。
明日は玄界灘でも眺めてくっかね。

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天高く馬肥えて湯布院のトリビア 「★つ・ぶ・や・き★(1279994)」

暑い。ここ数日の湿気はややおさまったもののまだまだ日差しは強く、しかし空はスモックがかかったような色目。とても秋晴れの風情とはほど遠い。
この時期、いろいろな読み物で目にする「天高く馬肥ゆる秋」ということわざ。空が高く澄み渡っていて気持ちが良く、馬も太ってしまうほどの自然の恵みが享受できる秋を賛美したものであることはいうまでもないんだけど、ことわざである以上、そこに何かしらの教訓なり教えなり諭しはないんだろうかと、常々思っていた。敢えていえば、過ごしやすくて何をするにもいい時期だから、気にしたところでさして痩せはしないダイエットなど忘れて、旬の美味を堪能しようぜぃってことなんだろうと、ゆるい感じで思っていた。
でもこのことわざ、元は漢書から引用され、中国のことわざだったもの。かつての中国では秋になると北西方の草原から馬に乗った異民族が農作物を略奪にやってくることがあって、「秋になって天が高くなってきたぞ。北西方の民族の馬はどっさり餌を食べてバリバリ元気になってるにちげぇねぇ(江戸っこ?)。そろそろ侵入してくるかも知れないしな、防備を固めようぜぃ」という季節モチベーションをあげるべくうたわれたものだったようなのだ。せっかくの秋を愛でることもなく、せっせと戦の準備をせにゃならんとは、食の神髄があるといわれた中国らしからぬ気の毒な話だ。

しかし、このところ秋刀魚が高くないか。先月は一匹80円で売っていた店もあったのに、最近自宅近くでは200円が相場になっている。聞けば秋刀魚が獲れなくなっているというではないか。出始めは豊漁で自粛するって話しもあったのに。何がどうした?明後日は目黒の秋刀魚祭りだし。毎年相当な量を無償提供しているのは北海道だったか…?結構つらいね。そうかと思えばキノコの類。秋とはかなり密接な関係にあるはずのキノコたちが、最近は年がら年中栽培されていせいで店頭に並ぶラインアップがまったく普段と代わり映えしない。唯一異彩を放っている松茸だけが、旬なムードを独り占めしている。でも今年は国産がかなりお安め。松茸ご飯くらいは作れそうだ。

さて明日から5日間は1年ぶりの帰省。今回は中日を使って湯布院へ。
この湯布院。本来は「由布院」であることをご存知だろうか。「湯布院」とは、となりにある「湯平町」と合わせて作られた商業用の名称なのだ。確かに「由」を「湯」に替えた方が、湯とアートの町らしい香りがする。
でも私が子供のころは、林間学校といえば行き先は由布院以外考えられないほどの自然の宝庫だったのだ。今はおちおちさわることさえできない蝉やトンボや蝶やクワガタを競うように摂って、森林浴を楽しんだ大きな森や林は、いまだに記憶に残っている。今のように観光地化してしまったのは地名を変えたからか、本来の魅力に惹かれてのことか…。今回は私の提案で行くことになったけれど、うちの両親はもうすっかり魅力を感じなくなっている様子。俗化の様を目の当たりにするのは辛いけれど、あの当時とは別世界と腹を括って楽しみたい。それよりどうか台風がやってきませんように。

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仕事服とセンスと身だしなみの話 「それってどうなの?(251)」

制服のある会社に勤めたのは新卒入社で5年いた会社のみ。以降、とりあえずはトレンドの変化に合わせて仕事着とオフの出で立ちのけじめは付けていたのだが、ファッション全体がどちらかといえばラフに傾いてきて、ドレスアップよりはいかにドレスダウンできるかがオシャレさんのポイントになってきたころから、仕事着とオフの境界線が実にあいまいになってきてしまった。口の悪い元社長には、「今日は海水浴でも行くの?」といわれた日があったし、実際激暑のこの夏は「値段もデザインもこだわってるけどつまりはビーサン」な靴を履いた日もあった。もう切り替えもなにもあったものじゃない。もちろん打合せのある日は失礼のない程度のものを着て、ちゃんと踵のある靴を履いているんだ。キメるときにキメてりゃいーじゃん、と思うのだ。
しかし。
今日みたいに、朝出社するなり午後からの打合せを言い渡されちゃうと非常に困る。誰もが知ってる一流企業へ打合せに行こうというのに、おおよそ不釣り合いなカジュアル系サイケなストライプシャツにヒップハングの丈が短めなパンツを合わせてきてしまっているのだ。それだけでやや気後れしてしまうし。在籍した6年間、ネクタイ姿を数えるほどしか見ることがなかった前の社長が言ってたっけ。
「いい仕事すればいいんだろ?着ているものでつべこべいうクライアントなんか、こっちから願い下げだよ」って。
確かにね。不潔感やだらしなささえ漂っていなければいいわけだ。でも、今日の私はちょっといかん。あまりに緊張感がない。まぁ嘆いても後の祭り。しらっとして行って来よう。

でも、ビジネススーツってある意味ファッションセンスの隠れ蓑ともいえやしないか。スーツカンパニーに代表される廉価なスーツ屋さんが増えて、安くてもある程度デザインされたものが手にはいるようになった。スーツとシャツとネクタイと、よほどの無頓着じゃない限りはそこそこのサラリーマンができあがる。センスなどさして必要じゃないわけだ。だけど、いやだからこそ、オフの彼らを見て「はっ?」と思うことがある。
昔まだネクタイ族に囲まれて仕事をしていたとき、ゴルフコンペにいってたまげた。金だけはかけている上質のブランドスーツをいつも着ていた部長が、いかにセンスのない男だったかを、彼のゴルフウエア姿が物語っていたのだ。ややフィットしすぎとも思える薄手のゴルフシャツは、彼のたるんだお腹や胸のラインをくっきりと映し、開けすぎの前立てからはおぞましい胸毛がのぞいている。歩くたびにソックスがのぞく短すぎるゴルフパンツ、金はあるはずなのに時計はいつもと同じロレックス、大きな頭が納まりきらず、乗っかってる風に見えてしまうゴルフブランド名入りのキャップ…。
ぜんぜんだめでしょ、それじゃ。
オシャレの原点が、まずは人を不快にさせないことと、自分を知ることだとすれば、その日の彼の出で立ちは平気で人前に出られるものじゃなかったはず。まさに「うげっ」っといっちゃいたいほどの有様だったのだ。
見られていないようで見られている日々の身だしなみ、歳を重ねるほどに気を付けたいものだ。

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黒いスープにドキッ!の黒酢冷麺 「今日のランチ(75269)」

黒酢がブームになって久しいけど、あのくせがダメだと言う人も多い。私は逆に好きだけどな。炒めものの仕上げに加えたり、スープにちょっと足したりするだけでいつもとひと味違った風味が出せる黒酢は、今やうちの調味料の常連なのだ。
今日のランチはそんな黒酢をたっぷりと使った冷麺が人気の
「揚州商人」へ。以前「王様のブランチ」で紹介されたのを見て以来、ずっと食べたかったのだ。メニューを眺めると、どれも空腹にはたまらないラインアップ。大好きな酸辛湯麺もある!が、しかし今日はお目当ての黒酢冷麺をオーダー。待つことしばし、まっ黒なスープに細めの麺、たっぷりの白髪ネギにクコの実をあしらった涼しげな一品が運ばれてきた。レンゲでスープをいただく。紛れもない黒酢のコクとほどよい酸味が食欲をそそる。麺は十分に冷やされた麺はスープの絡みもよく、ツルツルっと心地よい喉ごし。ネギに隠れていた鶏の細切りの固さと、晒し方が足りないためにとんがりすぎているネギの辛みが私にはNGだったけど、総合評価は概ねオッケー。ランチをお店でいただくのは2ヶ月ぶりくらいかしら…。こうしてたまにおいしいものをいただくのは気分転換にも持ってこいだ。

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果てはシルバーサバイバーか

台風18号、長崎上陸。今年はまさに台風の当たり年。まだ9月に入ったばかりだというのにもう7つ目を数え、過去最高を記録しているんだとか。今回の台風は風も雨も強い。特に風は熊本で風速52メートルを記録。家も飛ぶ強さなのでは?気象庁のサイトを見ても、30メートルまでしか情報がない。自然界ではほぼあり得ない激風なのだ。
今年は熱波や洪水など世界的に異常気象が発生していて、被害は甚大。行列をなして日本へとやってくる台風も、その一環ってことなんだろう。
そういえば先週久しぶりに逢った茅ヶ崎の友人が、最近海の砂浜が狭くなってきたと言ってたっけ。温暖化で海面水位が上がってるのが原因であることはいうまでもない。モルジブはじめ世界各国の美しい珊瑚礁の島々も、このままではじきに沈んでしまう。
20年後、50年後といった自分が生きているかもしれない近未来が、こんなにも不安要因の固まりだなんてかなりやるせない。子供を産み育てている若い親たちにとっては、行く末の日本の有様や地球環境の悪化は空恐ろしいものがあるだろう。我々にしたって、本来は人生における癒しと和みの時期である老年期を、どんな環境下で送るのかは大きな問題。長く生きすぎたと思うような老後だけはごめんだな。
…台風からずいぶんと大きなテーマになっちゃった。

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天の神様のメッセージとは 「★つ・ぶ・や・き★(1279994)」

昨夜は近畿を中心に地震が相次いだらしい。
実は最初の揺れがあったとき、ビルの8階にある会場で結婚式の2次会に出席していた私はかなりの揺れを感じたのだ。牛の角をイメージしたシャンデリアが頭上でゆらゆらと大きく揺れ、あれが落ちてきたら結構痛そうだなーなどと思っていたのだ。きっと浅間山の噴火の影響だと思っていたのに、近畿で震度5もあったなんて。日付がかわってからは、番組を中断して各地の津波に関する注意が報道されて緊迫度が増す。30センチや50センチの津波とは、どれほどのものなのか、どんな被害が及ぶのかがどうもリアルにイメージできないけれど、それでも急いで高台へ避難するよう繰り返される報道。あと5分後に津波がくると言われても、いったい何を持ち出せるんだろう。身繕いをして逃げるのが精一杯じゃなかろうか。

今年は台風による洪水や、浅間山の噴火、そして今回の地震と、やけに天災が続いている。家もろともを一瞬のうちに失ってしまう衝撃は想像を絶するものだろう。
でもこう大挙してやってこられると、なにか天の神様からの警告のような気がして背筋が寒くなる思いがする。そうしてもっと恐いのは、首都圏が未だこれといった被害を被っていないことだ。東京近郊にあれだけの降水があったり、震度5もの揺れが起きれば被害は甚大。流通や経済に及ぼす影響も何倍にも膨らむ。
何もないことが逆に恐い。嵐の前の静けさに似た、いやな感じがする。
未曾有の大惨事のカウントダウンが、始まってなきゃいいんだが。

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結婚できた?男たち 「★つ・ぶ・や・き★(1279994)」

いってみれば今年に入って4回目のめでたい席にお招きをあずかり、会社の仲間の結婚式2次会に出かけてきた。
最近の新郎たちは結婚式をずいぶんとエンジョイしているように見える。一昔前は披露宴や2次会は花嫁が主役で、新郎はただひたすら飲んで酔っているか、緊張で硬くなっているかが大半だったんだけど、最近は新郎の方がヒートアップしていて、「人生最良の日」を全身で満喫しているのだ。女性の社会進出と晩婚化のせいで男性も歳を重ねないと結婚できなくなっていることが原因ってわけじゃないだろうけど、幸せであるのなら結構だ。末永く仲むつまじく寄り添って欲しい。
ところで今日の夫婦はいわゆるできちゃった婚なのだが、司会者がうまいことをいっていた。
「おふたりは『授かり婚』とでもいいましょうか、新婦はただいま妊娠5ヶ月目に入ったところと聞いております…」
授かり婚ねぇ…。同じことでも言い方によってずいぶんと上品に聞こえるものだ。これなら安っぽくもないし、恥ずかしくもない。いんじゃない?

この週末は2晩とも外出し、相方をすっかりほったらかしに。昨日は彼は夜勤だったとはいえ、どこか気がとがめるから私もずいぶんとコンサバな女だ。今日は夕飯を作って出かけたものの、2次会が終わったらとっとと帰った。帰りがけに買って帰ったケーキに相方はご機嫌。ひとりで夕食も済ませ、私の土産話に聞き入っていた。
今月は帰省も控えていてすっかり懐が寂しい。相方を見習って少し遊びを控えなくては。

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GROOVEしてきました 「LIVEに行って来ました♪(36910)」

モーリス・ホワイトが最後と聞いて放ってはおけなかったEW&Fのコンサート。前回行ったときはフィリップ・ベイリーだけで物足りなかったから、今回こそはと勇んでいたのだが…。早く着きすぎたせいで、徐々に埋まっていく席をぼぉっと観ているしか術がなく、テンションは一向に上がらない。
「こういうのが歳取ったってことなのかね…」とのり平とため息。両サイドの席も埋まりますます息苦しさが募る。観客は中年のグループ、あるいは夫婦もの、中には大学生風の子供をつれたおばさん、おじさん、露出度の高いオネーチャンをつれた油ギッシュなオヤジ…。まるで一貫性がなくひどく種々雑多だ。でも眺めているうちに妙な共通点に気付く。なぜだか中島啓江風百貫デブ(死語?)があっちにもこっちにもいる。男性のオデブも。さらには、使い古しのヴィトンのモノグラムを持っている人が多いことに、今度はのり平が気付く。ことごとくソフィスティケイトされたていない人たちに囲まれますますモチベーションは下がり…、開演予定の17時を過ぎてもアリーナはまだ人がぞろぞろ歩いている。蒸し暑さと人いきれと退屈で、ふたりとも鬱々としていたそのとき、ドーンというベースの音とともに暗転し、鳥肌もののオープニングが…。
期待のモーリス・ホワイトは、ずいぶんと声量が落ちている。フィリップ・ベイリーの迫力に押されているだけじゃなく、体力的なガタも否めない様子。オープニングから3曲ほどでステージから消えてしまった。フィリップ・ベイリーがいなけりゃ、アースはもう成立しないんだってことがよくわかった。歳を取るって悲しいな。
10月にリリースされるCDに入っているのであろう耳慣れない曲が2、3曲あったけれど、他は何を聞いても最初から最後まで口ずさめるナンバーばかり。これだからアースのライブは最高なのだ。でも最後に今回の特別企画である日本で募集した素人ダンサー連中がモーリス・ホワイトとともに登場。両手に若いネーチャンをはべらせたモーリス…。さっきより元気そうやんか。やたらカラダをくねらせる動きばかりを繰り返す痩せぎすなオネーチャンたちに邪魔され、大好きな「セプテンバー」をちっとも満喫できなかった。ったくひどい演出だ。あんな安っぽいダンスを観るために10,500円も払ったつもりはないんだがな。

しかしEW&Fのナンバーはなぜいつまでたっても色あせないんだろう。未だ数々のCMや番組でBGMとして使われ続ける彼らの曲は、いつ聴いても素敵でカッコイイ。決して大げさじゃなく、きっと私は死ぬまで彼らの曲を愛し続けるだろうな。

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日本人と葉巻の相性 「★つ・ぶ・や・き★(1279994)」

今日は仕事ついでに銀座によって、ダビドフに葉巻を買いに行った。いつもごちそうになっている蔵さんに、お誕生日プレゼントを兼ねて葉巻を差し上げることにしたのだ。
並木通り沿いのダビドフには、いわゆる‘紳士’御用達の葉巻と関連小物がずらり。ハイスツールが並んでいて、お茶をしながら葉巻をふかすこともできる。奥のソファーコーナーでは、サラリーマン風情の男性ふたりが優雅に葉巻をくゆらせている。結構なご身分だ。
ワインセラーのような硝子張りのシガーストックには100種類近い葉巻が並んでいて、どれがどうだかさっぱりちんぷんかん。一見取っつきにくくみえた長身の店員さんに、チョイスをお願いすると素人相手にわかりやすく説明をしながら手頃なところを選んでくれた。わかった振りをしないのがこういうときの鉄則だな。
しかし葉巻アイテムはずいぶんとスタイリッシュだ。ダビドフだからってこともあろうが、流線型でひどく美しいライターがあったり、ソムリエナイフに通じるものを思わせるメタルとウッドのコンビが高貴なシガーカッターやら…。こんなものを小粋に使いこなす日本人が果たして何人いるんだろうかと思いながら、シックなシガーワールドに浸ったひとときだったのだ。
最近は密かにシガーバーができ、専門誌も発刊されている。肺に入れない分、たばこよりも健康を害する率が低いイメージがあって、かつてたばこを辞めた人が葉巻を吸うパターンもあるらしい。周囲にいる人間にとっては、どのみち迷惑ではあるんだが。根がせっかちな日本人に、1本吸うのに1時間前後かかる葉巻がどこまで浸透するのか。葉巻といっしょにダンディズムも身に纏ってくれるとよいのだが。

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お疲れ選手団と浅間の噴火 「それってどうなの?(251)」

閉会式を終えて一昨日帰国したアテネ選手団。日本に着くなり空港では取材に追われ、例によって特番に引っ張りだされと、いったいいつになったら落ち着くのだろうと気の毒なほど。で、昨日は選手団の解散式、さらには官邸での感謝状授与式。いくら体力のある選手たちとはいえ疲れがないはずがない。それに「感謝状」ってどうなの。なんだか違和感があるのは私だけか。国が選手に感謝…?日本選手としてよくやってくれたってこと?「祝福」なら解せるけど、「感謝」ってどうよ。んー、よくわからん。そしてやっぱり選考に難儀した挙げ句に頓挫したと思われる国民栄誉賞に代わって贈られることになった紫綬褒章。金メダルの人だけに…。
喜ばしいことには変わりないんだから私がごたごたいう必要もないか。選手が名誉に思うのならそれでいいや。

ところで今年の春にまさぴょんさんに連れて行ってもらった軽井沢の別荘のすぐ後ろにそびえていた浅間山が突如の噴火だ。周辺4キロは立ち入りができなくなっているそうで、当然あのエリアもヤバいことになっているんだろう。噴石は山の中腹までしか飛んでないということだけど、今後の活動によっては別荘に被害が及ばないとも限らない。またぜひ行きたいところだけに、無事を願いたい。
そういえば高校の頃有珠山に行ったときは、帰ってきた1、2日後に噴火したんだったっけな。再来週の阿蘇行きがちと不安になったりして。頼むからいつものように白煙を上げる程度におとなしくしといてね。
太陽を呼ぶのは得意だけど、マグマまでは担当外だし。

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朝っぱらの一喝に思う 「それってどうなの?(251)」

昨日、会社の上層部からお達しがあった。
「明朝、社長から話があるから社員は全員10時に出社するように」
10時といえば出社の定時。何もいまさら言うこともなかろうにと思っていたら、社長からのお話自体が、社員の出社時間のルーズさ加減に対する叱責だった。普段は口数も少なく酒も飲まず、シャイな印象が強い社長。年齢も私とさして変わらない。そんな社長が声をうわずらせながら全員を一喝した。前代未聞の厳しい言葉に、水を打ったように静まりかえったオフィス。でもやっぱり数人は出社していなかった。…最悪だ。
もともとデザイン、編集関係の仕事のように、深夜残業や徹夜が当たり前の業務は、出社時間の縛りはあってないようなもの。遅刻のたびに減給されていたのでは、給料がない人間も出てくる。甚だしい場合は個人的に注意を受けたりはするのだけれど、それでも遅刻が大目にみられるムードは暗黙のうちに浸透していて、ADクラスの連中も平気で遅れてくる。始業10分前には席について…という常識は、誰の頭にもないらしい。そもそもがまったく畑違いの業種からスタートした私は、未だに10時を過ぎてしまうとかなり罪悪感を感じてしまう方だ。つまり現在の社員のたるみは、ある意味会社としての社員教育の至らなさにも、その一因があるんじゃなかろうかと思う。フリーター上がりで入社した20代前半の社員に、会社とは、業務規則とはといったいっちょ前の社会人としての教育をしてきたのか、甚だ疑問だ。だから電話をとってもとんちんかんな敬語を使うわ、挨拶もできないわ、灰皿の片づけもしないわ、オンとオフの服装の切り替えができないわ、メモも取れないわ、名刺の出し方も知らないわ、といったレベルの低いサラリーマンになってしまうのだ。企業に所属している以上は、クリエイターである前に社会人であることを学ばせるべきなのだ。
即戦力にこだわるのはわかるけど、人を育てることもしないで収穫だけを望むのはいかがなものかと私は思う。

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