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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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ジブライトの哀れ

昔流行ったジブライト。発売当初はひどく斬新に思えた記憶がある。机の上に置く必要がなくて、パーテーションや天板など好きなところにセットできる省スペース化、首の部分が自在に角度を変えられる機能性、ポップなカラーリングの衝撃的デザイン性。自分の勉強机環境に異国の風が吹いたような気さえして、勉強もしないくせにやたらと机に向かうことが増えたものだ。
しかしこのジブライトくらい、不要になったときの収納に困るものはない。首の部分は折り畳めても、ボリュームのあるシェードが厄介。段ボールにも絶対納まらない。せいぜいエアパッキンで巻いてヒモで縛って終わりだ。そうして押入の中でひどく邪魔者扱いされた挙げ句、再び使われることもなく不燃ゴミとして処分されるのだ。こんな憂き目にあったジブライトはすごい数に上るんじゃないか。
実はうちのオフィスにはくだんのジブライトがたくさんある。いつのころからあるのかなんて知る由もないけれどひとりに一台あてがわれているらしく、ひとりひとりのデスクの前にあるパーテーションの上に、尺取り虫のように九の字を書いたジブライトが並んでいる。
呆れるのは、いまだかつてこれを使っている社員を見たことがないことだ。片づけるスペースがないために、使いもしないのにずっと九の字ポーズを取らされているジブライトは、ひどく哀れな感じだ。
一昔前。まだMacが台頭していなかったころ、デザイナーたちはレイアウトシートに向かってひたすら手書きと切り張り作業をつづていた。天井の蛍光灯だけでは暗すぎる手元を照らすために、会社が用意したものなんだろう。
それから10年は経ったのだろうか。今やサムネールさえ手書きしないデザイナーが多い昨今、手元の暗さなんか気にする必要はない。デザイナーもコピーライターも、みんな顔を上げてモニターに向かっているからだ。
Macのお陰でお払い箱になってしまったジブライト。今日もパーテーションの上から私を見下ろしている。どこかに必要としている人はいないんだろうか。もったいない…というよりも、来る日も来る日も灯りをともすこともなく、日々ホコリの層を重ねている様が、どうにも切なくって仕方ない。
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