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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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自殺の構造 「★つ・ぶ・や・き★(1279994)」

野沢尚自殺。
作家であるということが、その自殺のショックを幾分和らげているような気もする。太宰治も川端康成も、自ら命を絶った人たちだ。作家、役者、政治家は、自殺しやすい三大職業じゃなかうか。
そんな野沢尚。キムタクと中山美穂の『眠れる森』はかなりインパクトが強く、主役のふたりが非常に魅力的にみえるいい作品として記憶に残っている。残念だ。

でもショックだったのは、彼がまだ若かったこと。私とほぼ歳が変わらない。キャリアもさることながら、その風貌も手伝って老けて見えていたから、年齢を知ってびっくり。
たかだか人生を半分程度生きたくらいで、自らの歴史を閉じてしまう潔さをどう理解すればいいんだろう。勇気なのか、弱さなのか。どうにも自分にあてはめて思考することができない。

自殺を選ぶ人って、普段どういうタイプの人なんだろう。よくB型は脳天気のあまり、絶対に自殺なんかしないと言われるけれど、衝動性においては死んでもおかしくないほどの勢いを持っている人いる。だからといって普段から慎重な人はどうかというと、これも微妙だ。考え込むあまりに堂々めぐりの深みにはまり、思いあまって…ってこともある。
わからん。わかっても仕方ないけど。
死人に口なしとはよく言ったもので、なぜ死のうと思ったのかはもとより、意を決してから命が絶えるその時までの心模様なんてものは知る由もないわけで、だからきっと周囲の人も、ひょっとしたら出されていたかもしれない自殺者からのサインを見逃してしまうのかも。まさかなって思うし、思いたいし。
周囲の人間の悲惨を抜きにすれば、自殺自体にナンセンスは感じない。昔から、それも生き方、というか人生の終わり方のひとつとして存在しているわけだし。でも生きてきた間に残した数々の軌跡に、どんよりとしたほの暗いフィルターがかかるのは、はやりもったいない気がする。
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