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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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逝った人を思うということ

カメラマンなべさんのお友達の内山さんのお父さんが2週間ほど前に他界した。内山さんは末っ子なため、お父さんは88歳というご高齢。生前は兄弟の中でも人一倍かわいがられ、彼もお父さんをとても愛していた。だから臨終までの間、お父さんの手を両手でしっかりと握りながら呼吸が徐々に間遠になるのを耐え難い思いで見守ったのだとか。
そんな内山さんを励ます会が、昨日飲み仲間である映画監督千野さんの京橋のオフィスで開かれ、何年か前から内山さんと飲んだことがあるのり平と私も参加させていただいた。
飲み会はいつものように監督お手製の絶品鍋を囲んでの賑やかなもの。塩辛やぶつ切りのタラコが入った真似のできないキムチ鍋に、監督が仕入れてきたロシアの本格的ウォッカ。ボトルがすごくかわいい。のり平と私はボジョレーとモツァレラを差し入れ。ちょうどワインがなかったので喜ばれた。
内山さんはそこでもお父さんの臨終の話をし、私はその場面を想像しただけで胸が痛くなりそうだった。もうダメか、どうかもう一度息をしてと願いながらその時を見守る気持ち・・・、そのせつなさはいかばかりか。お兄さんはすでに泣いてしまってその場からいなくなってしまったという。
「キミに手を握られたまま逝ったお父さんは本当に嬉しかっただろうよ。キミもよくやった。えらいよ」
千野監督はそう内山さんに言った。4歳のときに父親を亡くして顔すら覚えていないという監督は、内山さんが羨ましく思えたのかもしれない。

監督が仕入れすぎたニラの残りを持たされ、車両中にニラ臭さを振りまきながらのり平と家路についた。雨の上がった空を見上げたとき、2年前に亡くなった友人の命日を忘れていたことに気が付いた。なんてことだ。今月に入ったときはしっかり覚えていたのに。でも何かにつけいろんなときに思いだすことがあるから、許してくれてるかな。
お互い元気にしていても、すっかり疎遠になる人はいるけれど、返って亡くなってしまうと妙に身近に思えてしまうこともある。不思議なものだ。
昨日監督が言っていたけれど、若くして亡くなってしまう人は、それなりの生き方をしているという。これくらいの歳になるとわかるものだよ、と。よくいう「逝き急ぐ」ということなんだろうか。
私にはまだよくわからないな。あいつは長生きしないな・・・なんてこと、わかりたくないしね。
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