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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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「うちらのキャンプ」は変わります

何事も、経験することによって、何かを感じ、それによって感性が磨かれ、いわゆる常識に基づいた言動ができるようになる。こんな当たり前のことを、最近実感している。
今朝読み終えた『アルジャーノンに花束を』の、IQが60やそこらしかなかった主人公チャーリィーが、実験的手術によって天才的な知能を授かって、世界トップクラスの学者を凌ぐほどの研究や論文が書けるようになっても、感情や感性が相応に成長するには時間がかかったことからも(もっともこれはフィクションだけど)、経験が人を作リ上げることのおもしろさ、大切さを感じる。

個人的に言えば、今回のキャンプがそうだ。
大所帯でのキャンプだったことも原因しているけれど、撤収時に出たゴミの多さを嘆いたら、シュルケンさんや、いたるさんが反応してくれた。こういう人たちとキャンプができて嬉しいと思う。現状を問題視する感性を持ち、次への課題とする。そうしてみんなが楽しいキャンプになっていけば、それこそ「キャンプの達人」も夢じゃない。
前々回のキャンプあたりから、マイマグカップに続くマイ食器の必要性は感じていたものの、そうはいっても初心者のために紙皿を用意するのなら同じことだと、自分の中で適当にあしらってしまっていたことが悔やまれる。今回は人数の多さと、3日間という時間を考慮していつよもりも紙食器を買い込みすぎたことも、大量ゴミを作った原因だ。
「お客」と「裏方」が如実にわかれたと愚痴ったものの、その「客」を作り出したのは「寝袋だけ用意してくれれば、後は全部用意しまっせ」とアナウンスした、他でもない私だったのではないか。
「私たちのキャンプでは、紙食器は使いません。ゴミは各自で持ち帰りになります」といっておけば、何も考えずに参加する人がいたとしても何かが随分違っていたような気がする。
各自が自分で買った食器を用意すれば、食事の後の自分の皿の行方も気になるだろうし(洗う人だって出てくるだろう)、人の道具にだって気を遣う思いやりが生まれるはずだ。紙皿に紛れたのであろうたいたるさんのお皿も、捨てられずにすんだのだ。

キャンプデビューしてたかだか1.5年の私がいうのもおこがましいけれど、キャンプをするには資格がいると思う。他力本願な人間には不向きだ。というより端が迷惑だ。
シュルケンさんが言うように、それはまさに共同レクリエーションであるべきだし、それを大上段に掲げない限り、世話役の苦労はなくならない。できることは自分でやる。自分の身の回りのものは自分で用意する。そしてなにより自然と共存すべく、汚さない、散らかさない、無駄にしない。

のんびりと吹く風に身をゆだねたり、朝の澄んだ空気を胸一杯に吸い込んだり、流れ星を探したり、自然の恵みに舌鼓を打ったり…。そんなシンプルな、でも異次元な喜びをこれからもたんと味わいたい。

気が付いた人がいるかどうはか定かじゃないけど、去年の春のデビュー時に比べて、私のキャンプでの酒量はかなり減っている。早朝にテントから出た清清しさを二日酔いで迎えることがいかに虚しくて、もったいないかを悟ったからだ。
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