なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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リサイクルしてる?

リサイクルがブームになって久しい。
新聞紙や紙パックがトイレットペーパーになるならまだしも、ペットボトルがフリースに変身すると知った時はかなりびっくりしたし、ゴミをゴミでなくすことの発想や技術に感動に近いものを感じた。

本来なら捨ててしまうものを、別のものに形を変えて使うこと。
これ、結構私は好きなのだ。
とはいうものの、もともとが不器用ゆえ試行錯誤を重ねてみても、立派なものには仕上がらない。
コンビニでもらうストローを並べて、空き瓶にぐるりと貼り付けてみたり、クリーニング屋でもらうワイヤーハンガーで帽子掛けを作ってみたり、ペットボトルキャップでピアスケースを作ろうとしたり…。本に載っていたのを真似て、三角柱にした牛乳パックでスツールを作ろうとしたときは、80個近くもの牛乳パックを集める途中で嫌になってやめた。
結局人に上げられるシロモノになったのは、ワインコルクの鍋敷くらいだ。去年サフィニアに被せて冬越しさせたペットボトルの防寒カバーは、なんとか春まで用をなしたけど。

リサイクルとはいえないけれど、小学生の頃、一升瓶のフタをおはじきのようにして遊ぶのが流行ったことがあった。酒屋を回っては、ビニール袋に何十個もの酒ブタを集め、せっせと裏側についているコルクやプラスチックの部分を外したものだ。たまに珍しい銘柄の酒ブタが手に入ると嬉々としてみんなに自慢した。嬉しくて気合が入るためか、そのフタだとなぜか勝てたりしたからますますレアモノ探しに躍起になった。学校から帰るなり酒屋へ走る娘に、さぞ母は呆れていたことだろう。酒屋の親父だってびっくりだ。でもって今の飲んだくれぶり…。妙にリンクしちゃってる。

オフィスの不燃ゴミ箱にごっそりと溜まっているペットボトルのキャップ…。私のお粗末工芸魂に、ちょっと火がつきそうになっている。

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歳相応と言われる恐怖

いはやは。今日はバタバタだった。
前々からアプローチしていた、飲んだくれ御大秋本氏の勤務する会社からHP制作のオファーがあったのだ。「あったのだ」といっても、これから出す見積りが見合うかどうかに寄るんだけど。
打合せに馳せ参じた後は、月末の支払い業務準備で銀行を梯子して漸く落ち着いた。

今回クライアントとなるであろう会社で、HP制作の発注を司るのは江角マキコの実弟である江角クンだ。キムタクの弟同様、彼もそれなりの苦労があるか否かは定かじゃないが、7、8年前にいっしょに飲み歩いていた頃に比べると、家庭を持ったことも手伝ってすっかり落ち着いていた。
果たして私は彼にどう映っただろう。
「さすがにフケたな…」かな。
最近久し振りに昔の知り合いに会うと、どうもそこらへんが気になるようになってしまった。フケたと思われたって何の不思議もない年齢ではあるけれど、『実年齢に追いつけない』ところが、ある意味ウリでもあったわけで、年相応といわれるとそれはそれで納得いかなかったりする。何を努力してますってワケでもないのに。我ながら勝手なもんだ。

考えてみれば、確かに38歳くらいまでは、
「ぜんぜん30代にはみえませんよ」と判を押したように言われたものだ。実際初めて会った人に「28歳です」といったきり、ずっと騙していたこともあったくらいだ。でもなんだろう。ここのところかなり実年齢に追いついてきてしまっていることを認めざるを得ない事象が多い。
体力減退。皮膚の老化。体型の崩れ…。あぁ。書いてるだけで憂鬱だ。今日が終わって明日が来るのさえ恨めしい。
生物学的にそういう時期なのか。モチベーションの問題なのか。
相方というステディーなパートナーを得たことで、一切合財が『落ち着いて』しまったのか。悶悶。悶悶。

今朝から、相方お薦めの『アルジャーノンに花束を』を読み始めた。私も泣けるだろうか。

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今時の『個室』

ぼちぼち忘年会シーズン。今年の店はどこにしようかと、世の幹事連中がそわそわし始める時期だ。
最近は個室が取れるかどうかが店選びの第一条件だったりする。
旧態依然とした手締めや、飲み方をわきまえないバカチンどもの嬌声なんかに邪魔されることなく、内輪できっちりまったり楽しみたいわけだ。
当然、個室を用意している店も軒並み増えている。完全個室とはいかないまでも、高めの仕切りを設けたりしながら『個室感』を演出しているところはかなり多い。

一方で、宴会の個室とはその目的そのものがちょっと異なる『ふたり用個室風空間』を設えている店も増えている。これから盛り上がろうっていうホヤホヤなカップル達が、ヒソヒソと甘い言葉を囁きあう静かーな感じなんだろうか。こちらは敢えて完全個室ではなく、『見ようと思えば簡単に覗かれる』仕立てになっている。飲食が本来の目的なんだからあたり前だ。でも中には目黒の『CURTAIN』のように透けるカーテンで仕切られたベッドが並ぶ店まであったりする。寝転びながらちょっと強めの酒でも舐めてくださいってことか。マジで寝込まれたらどうするんだろう。回転率が悪くってしょうがないんじゃなかろうか。空間自体のおもしろさを味わってみたいけど、恋愛系一触即発な相手もいないしなー…。
かと思えばマイアミのプールサイドをイメージしたという渋谷『CELEB』のプールサイド個室も登場。そうまでして水際で飲みたいかな。ヘタにマイアミ風…なんていっちゃうもんだから、そのフェイク振りがやけにダサい。
だったらいっそのこと渋谷『SOUEN』のジャグジー個室の方が潔い。渋谷のビルの屋上っていうのがどうかと思うけど、シャンパン片手にジャグジーなんて、何年か前にやってた洋モク(古い言い方か?)のCMみたいじゃん。
お金と熱いパートナーがいる好奇心旺盛の方、ぜひ行ってみて。

『CELEB』と『SOUEN』は経営母体が同じのようだ。イメージにより過ぎてよくわからない作りではあるが、HPはこちら。

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もうピンヒールは無理らしい

休みの日。寝坊や外出で食事の時間が乱れるのはいたし方ないとは思っているけれど、昨日は甚だイレギュラーだった。
朝10時からトヨタカップチケット争奪電話かけまくり作業をしながら朝食の用意をして、十穀飯と味噌汁の朝ご飯。その後4時30分からの友人の結婚パーティーでビュッフェをたらふくいただいただけで、昨日一日の食事は終わってしまったのだ。夕食を抜いたという感じでもないし、それでもなんとはなしに中途半端な腹具合のまま就寝したから、今朝はなんだかおなかが空いていた。

昨日の主役、新郎はアウトドア仲間だ。1年前の結婚直前に新婦のお父さんが亡くなり、籍を入れただけで式が先延ばしになっていたから、ふたりにとっては待ちに待った日だったはず。新郎のはしゃぎっぷりにその嬉しさがにじみ出ていた。お幸せに…なんてベタな台詞が無用な仲良し夫婦は、今週末初めて2人揃ってのキャンプデビューとなる。

ところでそんなおめでたい席に出席した私といえば、久し振りのピンヒールのお陰で立食パーティーをグロッキー気味に終え、買い物の予定も取りやめて帰宅した。周囲にいた男性陣も、壁にもたれかかったりで、40代にしてもう立食パーティーは無理ってことか。クラブで踊ってる分には平気なのに。
そんな情けない連中を尻目に、仕込みに奔走した幹事シュルケンさんの久し振りのダークスーツ姿が妙に新鮮だった。何かと幹事のオハチが回ってくる彼の晴れの日はいつのことか。昨日、幸せそうな新郎新婦を見ながら約束した通り、歴史に残るパーティーを企ててあげるからね。ただし私が早朝から明け方まで、バリバリ駈けずり回って裏方できるうちにしてくれなくっちゃだけど。

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豆乳で作る絶品豆腐

昨日、リビングのカーテンを購入した。実は引越し以来、知り合いのカーテン屋さんに作ってもらったオーガンジーのように薄い目隠し用のカーテンだけで生活していたのだ。冬は雨戸をおろしてしまえば事足りていたので、結局越してきて1年以上そのままで暮らしていた。でもやはり窓際のなんとも言えない冷え加減がぼちぼちと今年も気になり始め、購入に至ったのだ。
ネップがある細いラインがボーダーに入ったオレンジイエローのカーテンは、部屋が明るくみえる。今朝目覚めたら、カーテンを通した朝日に照らされたリビングが、ほんのりやわらかい色に包まれていたのが、なんだかうれしくなった。

お昼は水曜日に生協から届いたままだった『にがり付き豆乳』で豆腐を作った。ちまたで流行っているとかで、のり平からにがりを探していると聞いた矢先に生協のカタログで発見したのだ。指示通りにがりを混ぜ、電子レンジでチンしてみると…、うわさに違わずなんともクリーミーで濃厚な豆腐が出来上がった。そのままでももちろんいいし、薄めた白だしを少しかけてもよし。お醤油は味が濃すぎて、豆腐がもったいない感じ。なんだかすごくヘルシーでおいしー。これも病みつきになりそうだ。

さてさてこれから篠さんの結婚パーティー。柏までお出かけだ。ここ5、6年、こういう結婚式関係のイベントがなかったから、何を着ようかとあたふたする。ハイヒールももうすっかりはかなくなってるし。たまにはこういうこともなくっちゃだけど。

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KEIKOの成り上がり度

小室とKEIKOの披露宴は費用〆て5億円とか。5億円…。私なんぞは一生ご縁のないこの巨額なお金が、たった何時間かの間に消費されるのだ。その5億円をどのように新高輪プリンスに支払うんだろう…、なんてくだらない疑問まで生まれてしまう。披露宴といっても、もはや個人マターの域は超えていて、ビジネスの一環とすら思えるから、やはり会社経費で落としちゃうんだろうか。小切手か?現金振込みか?一日の現金振込みの限度を超えてはいないか?だとすれば手渡しぃ?日本警備保障付けて?そこだけでもドキュメンタリーやって欲しいくらいだ。そうだ!披露宴が中継されたりしそうだから、どこかの局が費用を持ってくれたりするのかも。今朝のニュースでは小泉首相が呼ばれているとか、いないとかいう話も。政界まで巻き込んでのメガトン級結婚お披露目ってことか?でもこの時期、小泉さんがのこのこ出席なんかしようものなら、命取りになりかねないがね。

しかしなんだね。昔は大阪のチャキチャキOL(多分)だったKEIKOが、あれよあれよで売れちゃって、日本を代表するバツ2音楽プロデューサーの妻となり、5億円の挙式を挙げる…と。ずば抜けて歌がうまいわけでもないのに、KEIKOがここまで売れ続けるのは、小室の采配の妙によるところが大きいのは否めない。そんな『第2の育ての親』との結婚。シンデレラ度はなかりハイレベルだ。今後売れなくなったって、『家事に専念してます』とかいっちゃえば、それも小室のシナリオ通りと思わせることができるし、離婚しても巨額の慰謝料が期待できる。もうKEIKOに恐いものなしだ。たくましい。
あんまり羨ましくはないけど。

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いちいち中途半端ななおニンのお稽古ごと

今朝ベランダのプランターに水遣りをして、ボーっと外を眺めながら朝の空気に浸っていたとき、無意識に両足の踵の上げ下ろしをやっている自分に気が付いた。しかもクラシックバレエ張りに。
考えてみれば、ベランダの手すりにつかまってやっているその様は、まさにクラシックバレエのバーレッスン状態。なんだか懐かしくてどんどんやってみたけど、ふくらはぎと後ろ腿が痺れてきて40回やるのがやっとだった。かつてはいくらでも上がった脚も、特に後ろに上げる(アラベスク)となると大変なもんだ。腰やお尻の肉がストッパーになってあがりゃしない。バレエの動きはどれもまず美しく見えることが基本だから、どのポーズひとつとっても信じられないくらいの筋力を使う。
…そうなのだ。私はこれでも幼い頃クラシックバレエを習っていたのだ。幼稚園の頃から始めて、小学校高学年にクラス委員を仰せつかったお蔭で通えなくなり、バレエ学校を休学したまま結局は行かず仕舞いになってしまったのだ。発表会も何度か経験して、洋風歌舞伎メイクのようなすんごいメイクのドウランの匂いがすごく嫌だったことや、まだまだペタンコだった自分の胸に比べ、大きいクラスのお姉さん達が立派な胸でキレイにチュチュを着こなしてるのが羨ましかったことを覚えている。

実は幼い頃に通ったお稽古事はバレエだけじゃない。
オルガン教室にも通っていたのだ。それも当時暮らしていた団地の集会所で開かれていたお教室。なぜか脂ぎったおじさんだったような記憶があるそのオルガンの先生が嫌いだった。それはなぜかというと…。
オルガン教室では宿題が出される。
来週までにここをちゃんと弾けるように練習してくること!なんて感じで。ところが我が家にはオルガンがなかった。すでに当時の私に飽きっぽい性格の片鱗が現れていたかどうかは定かじゃないが、何しろ両親は、ずっと続けていけそうだったらオルガンを買ってあげます、という頑固なスタンスを取っていて、その結果私は『紙鍵盤』で宿題をこなすしかなかったのだ。音が出るはずもない紙鍵盤での練習の無意味さを訴えた私に、次に母から提案されたのはご近所さんのおうちに置いてあるオルガンを拝借しての練習方法だった。
しかし幼く人見知りでシャイな私が、一応馴染みとはいえ他人様の家に上がりこみ、間違ってばかりでヘタクソなオルガンの音をその家の人に聴かれるのはいやだなぁと遠慮しいしい弾いたところで、それは練習なんて到底呼べるものではなく、「行ってきた」と母に報告することで、とりあえずは一仕事終えた、という感覚を覚えたに過ぎなかった。だからまた次のお教室の日に、
「練習してきた人!?」に手を上げることができても、
「ちゃんと弾けるようになった人!?」の時は、頭を掻いてるのか手を上げているのかわからないような風に、でも実は上げられない…ってことになってしまっていたわけだ。ちっとも上達しない私にそのアブラギッシュな先生の態度は冷たく、紙鍵盤じゃ意味ないやな…といわんばかりな感じを幼いながらに察知した私は確か3ヶ月も通わないうちに辞めた。せめて楽譜を見てたったと弾けるくらいまで続けられていれば、たった一度しか練習したことのないうちらのバンド『39(三重苦)』で活躍できたのに。

バレエ以外には夏のスイミングスクールなんかがありつつ、後は大人になってから3ヶ月限定で気功教室に通い、スポーツクラブで空手をちょっとかじった。空手では前蹴りの脚の上がりが初心者離れしていると誉められ調子に乗ったが、冬になり通うのが億劫になっていたころジム自体が移転したお陰で通えなくなった。

すべからく中途半端な習い事歴である。

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私がスキー場で怒鳴った話

今週末は友人の結婚パーティー、来週は那珂川カヌーキャンプ…。イベント目白押しゆえ天気が気になる。
「雨の日の花嫁は幸せになる」っていうから、今週はいいとしても、来週はなんとしてでも晴れてもらわないことには困る。デビューキャンパーが多いから、雨のお陰でキャンプの印象が悪くなっちゃかわいそうだ。
スキーやダイビングなんかもそうだけど、最初の一回目に嫌な思いをすると、もう2度とそれに対するモチベーションが上がらなくなる。最初のスキーでボーゲンもできないうちからリフトで上まで連れて行かれて死ぬ思いをして以来、2度と行かなくなった人。ダイビング講習のときレンタルのレギュレーターの調子が悪くてエアーが止まり、その恐怖感のお陰でそれ以来やめてしまった人…。
信頼できる人たちと行けば、きっと本当の楽しさを味わえたはずなのになんとももったいない話だ。
特にスキーについては、最初の一回が嫌だったからという話はよく耳にする。初心者を誘うだけ誘っておいて面倒をみない輩には本当に腹が立つ。
私がまだ毎年のようにスキーに行っていた頃、苗場スキー場のかなり上のほうのスロープの端にいた私に、絶叫しながら突っ込んできた若い女がいた。咄嗟にかわして正面衝突は避けたものの、その日おろしたばかりの私の黒のオーリンには、ざっくりとエッジで抉られた後がついた。若い女をひきずり起こした私は、「すいませ~ん」といいながら滑ってきた連れの男に噛み付いた。
「自分でまともに止まることもできないような子をどうしてこんなところまで連れてくるわけ?あなたが指導できないなら、半日スクールにでも入れて、止まりかたと転び方くらい覚えさえるのが当たり前でしょ。この子よりもあなたに腹が立つわよ」くらいの感じで。
そーさそーさ。アタシは恐いねぇちゃんさ。でもこれが事故にならない保障なんてどこにもないのだ。
そもそもスキーやスノボはファッション先行型なのか、ボーゲンもおぼつかないのに、いっちょ前のいでたちで堂々とスキー場に来る連中が多い。実際に危ない目に遭わない限り、危険を伴うスポーツであることを刷り込むタイミングがないのだ。毎年死人がでているにもかかわらずのこの有様はちょっと異常。スポーツメーカーやスキー場は、目先の売上だけにとらわれず、ウインタースポーツそのものの本当の楽しさと危うさを啓蒙しなくちゃいけないんじゃないかな。なんだか今の日本の縮図を見るようだな。

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顎が外れるとどうなるか

今朝の通勤電車。隣りのサラリーマンが網棚に乗せたカバンを取ろうとして、曲げた肘がそのさらに隣りにいたOL風おばさんの頭にゴンと当たり「いたっ!」、「あっすみません」とやっているのを見て思い出した。

あれはもう10年近く前のことになるけれど、当時勤めていた会社に新卒で入ってきた女の子Sちゃんも、今朝私が遭遇したそれに似たような、しかしとんでもなく大ごとな被害を受けた。
何がとんでもないって、サラリーマンの肘があくびをした彼女の頬骨の下にジャストミートして、Sちゃんの顎が外れたからだ。「あっすみません」では済まされない労災になっちゃったのだ。
普通なら頭部にヒットしていたであろう肘鉄が、170cmほどもあるSちゃんの場合、頬骨だったというのはなんとも運が悪いとしかいいようがない。

顎の骨が外れた様を目の当たりにした人はあまりいないとおもうけれど、Sちゃんの後日談によると、「顔が2倍に延びたかと思うくらい顎から下がダラ~ンと下がる」らしい。だから顎が外れた瞬間、頬骨の痛さもさることながら、突然のことで呆然としながらも下にダラ~ンと下がる顎を抑えるのに必死だったらしい。もちろん口も利けないから血相を変えた加害者のサラリーマンに車外に連れ出してもらって、病院に行って治療を終え親に電話したものの、フガフガいうだけで言葉にはならず、思わず泣いてしまったのだそうだ。結局は付き添ってくれた加害者サラリーマンが、電話を替わって一部始終を説明してくれたらしいが、それ以降かなり長い間Sちゃんの顎の具合は芳しくなかった。要は顎外れが癖になっちゃったのだ。癖になったからといって自分で戻すことはできないから、結局その都度病院に行っては治療を受けていた。

ってな具合で、一歩外に出ると(私は家でも怪我するけど)思いも寄らない危険因子がそこかしこにあるわけだ。被害者にはもちろんなりたかないけど、加害者になっちゃうことだってある。気をつけねばなるまい。
時々傘の真ん中あたりを握って、前後にブンブン振りながら歩いている人がいるけれど、田舎の一本道以外でやらないでもらいたい。後ろを歩いてる人に当たる可能性があるってことがわからないイマジネーション力欠落者には、わざと少し当たってみて、「あっすみません」といわせて気付かせることも必要だ。

怪我とは関係はないけれど、本屋に平積みしてある雑誌の上に無神経にバッグを置いて立ち読みしている輩も同じ。別に読みたい雑誌じゃないけど、「下の本が読みたいんですけど…」といって気付かせる。この場合「すみません」をいわない人間が多いのにはちょっとビックリする。私が一冊取った後、再びバッグを雑誌の上に置くツワモノもいたりする。立ち読みするくらいの人間だ。手にとっている雑誌も、バッグの下敷きになっている雑誌も、『商品』だなんて意識はないのだろう。

以前読んだ三谷幸喜のエッセーで、彼も同じような「気付かせる」行為をしているという話を読んで、妙に楽しかったっけな。

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コタツの話し

秋の長雨とはよくいったもので、いったん降り出すと2、3日は止まないようだ。たまに晴れると実に気持ちがいい陽気になるけれど、ぼちぼち朝晩は冷えるようになってきた。
ソファーの脇にはフリースのブランケットを置くようになったし、スリッパも冬仕立てに変えた。ベランダの鉢植にもカバーをつけてやらないとならないし、羽毛布団も2枚重ねにしなくては。身軽になっていく春とは違って、冬支度はいかにも『備える』という意識が強くてなんだか気が重いし面倒だ。

住宅構造や広さなどによって暖房器具の使い分けはさまざまだが、男性の圧倒的支持を得ているのはコタツじゃなかろうか。ぬくぬくと肩口までコタツ布団を引き上げて、挙げ句には朝までだって眠ってしまえるコタツはズボラ生活者には打ってつけだ。だからぐうたら製造家電とみなされ、世の奥様連中には結構敬遠されている。いくら天板がうんと薄くなろうと、スタイリッシュな家具調になとうと、そこに座りこんでしまっているのがぐうたら亭主である限り、コタツはやっぱりまったりとしただらしなさの象徴ってことになってしまう。浮かばれないなぁ。

私がコタツと別れたのはかなり早かった。恐らくは福岡から札幌へ引っ越した時ではなかったか。セントラルヒーティング完備の部屋の中は真冬でもTシャツ一枚で過ごせたし、コタツは不要となったのだ。その後名古屋、東京と転居しても、やはりコタツはなかったような気がする。その流れで、一人暮らしをはじめてもコタツを買う動機が起きなかった(部屋が狭かったのも一理あるけど)。
今の福岡の実家にもコタツはない。相方の家にもない。
私にとってコタツは、遥か昔の『すごく懐かしい家電』になってしまった。
なもんだから、たまにはコタツで鍋なんかつついたり、みかんを食べたりしたいななんて、ちょっと思ったりもする。小さい頃は、お風呂に入るまえに、着替えの下着を中にいれて暖めておいたりもしてたっけ。
でもあれはどうなの?最近はやりのダイニングテーブル型コタツって。もちろんイスも箱型になっていて、脚の間から暖気が逃げないようになってたり、こたつ布団の形にも工夫がされているみたいだけど、もうそこに『若さ』とか『溌溂感』はないよね(なくてもいいんだけどさ)。そのうちソファーとコタツがドッキングした家具が生まれるんじゃないかな。いっそ歩行器型コタツなんか作れば、台所仕事もヌクヌクで幸せなんだけど。
そういえばうちのキッチンの流しの下には、温風の吹き出し口が付いている。流しの前で作業をする時スイッチを入れると、温風が足先に向かって吹き出すのだ。入居したのが真夏だったので、冬になったら忘れてしまって去年は使わず仕舞いだった。ボケもたまには省エネに貢献するらしい。
そもそもうちは軽量鉄骨のコーポなのに設備がいい。
ウォシュレット、シャワー洗面台、システムキッチンとマンション並みなのだ。大家さんが積水に勤めているらしく、そこいらへんのこだわりなのかもしれないが、実にめっけもんの物件である。でもそのかわり風呂おけは深いばかりで狭く、追い焚きもできない。積水は浴室は弱いのかな。
そんな我が家だが、冬はとびきり冷える。
前の家がSRCなうえに狭かったから余計に暖かく感じたのかもしれないけれど、お陰で去年はよく風邪をひいた。
コタツはさすがに買う気はしないが、効率のいい寒さ対策をちょっと考え中。ガスも石油もきっと大家さん的にはNGだろうし、ちょっと頭が痛い。

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菊花賞と地震と冷凍弁当に思う

昨日の菊花賞。武豊の落馬は昨年の骨盤骨折再びか?と一瞬びっくりしたけれど、お陰で馬連はクラシックレース至上最高の9万6070円が付き、馬単も18万2540円、3連複は34万4630円の超万馬券となった。
武を恨む人もいれば、拝み倒す人もいることだろう。本人にしてみれば自分のための騎乗でも、これだけのお金が絡めばそうはいっていられない。なんて因果な商売なんだ。

昨夜、もしも私が寝ぼけていたのではないのなら地震があった。結構な揺れだった。荻窪のマンションの6階にいたときは、地震のたびに必要以上な揺れを感じて恐かったけれど、船橋の2階の家に越してからはそう恐いと思ったほどの揺れはなかったような気がする。でも昨日の地震は結構揺れた。しかも長かった。
このまま揺れが収まらなかったらどうしよう。どこで置き出そうか…、そんなことさえ考えた。
備えあれば憂いなしと知りながら、いざの備えをまったくしていない。救急持ち出し袋も引越しの時に仕舞いこんでしまって、中身のチェックも忘れていた。いかんいかん。近々の宿題にしよう。

ところで、凍ったままお弁当箱に詰めておけば昼には解凍されておいしく食べられますが売り文句の冷凍食品が出回っている。何ヶ月か前に、賢いお弁当作り術の紹介をTVでやっていて、その時にも事前に作った凍ったままのおかずをお弁当箱に詰めておいても、昼にはちょうどよく溶けていて、夏のお弁当も安心!なんていっていた。
炊き立てのご飯とふんわり卵焼き、きんぴらにコロッケ…。
「もう少しさめてからフタしなさいっ!」なんていわれながら、お昼が待ち遠しかった母の手作り弁当のイメージはそこにはない。箸箱といっしょにきっちりと包んでくれたあったかいお弁当の包みから感じる情緒は、もう時代遅れってことか。
持たされた途端にヒヤっと冷たい凍ったお弁当って、なんだか悲しい。働くお母さんが増え、料理ができない主婦が増え、食を通して伝えられる愛情や健やかさの価値観が薄れてしまった今となっては、仕方のない進化なんだろうか。
 

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クリスマスディナーショーの値段って

クリスマスまであと2ヶ月。まだ算段するには早いけど、いわゆるクリスマスディナーショーは、すでに予約が開始されている。クレジットカード会社の会報誌に出ているそのインフォメーションを眺めていると、ディナーショータレントの人気度が見えておもしろい。

5万円の堂々の最高値はご存知五木ひろしだ。この人が一位なのはいたし方ないけれど、5万円だよ!5万円。決して美男子とはいえないあの蚊トンボ目顔と、こぶしの上下程度の振りを眺め、耳タコ演歌とトークを聞き、高級ディナーを食べる。その対価が5万円。熱烈ファン以外には決して許されざる暴利じゃなかろうか。
五木の5万が許されている一方で、あの森進一は33,000円。こんなに力の差があるとはちょっとびっくりだ。息子をジャニーズに入れたりしちゃって、カリスマ度が消えてしまったからだろうか。

ここで忘れちゃいけないのが松田聖子。五木に続く第2位、43,000円となっている。敵も多いがファンも多い芸能人の代名詞だけに、トーク目当ての客も多かろうし、妙なアヤが鼻に付きさえしなければかなりキケる歌唱力だ。年中行事にしているファンもきっと多いのだろう。愛娘SAYAKAといっしょのクリスマスはきっとこれまで一度もないってことだ。大変だね…。何が大変なのかよくわかんないけど。

とまぁここまでは、金余り熱狂的ファンならいっちゃうかな?と思える。
でも18,000円組の中村玉緒、コージー富田、クリスタルキング(今さらどうする)ってどうなんだろ。同じ額払うなら静かなところで食べほうがマシだと思えるんだけど。
もっとびっくりなのが15,000円のダチョウ倶楽部。あんな馬鹿ネタ聞きながら食べるディナー…。なんか悲しいクリスマスだな。「今年のイブイブは品プリでダチョウ倶楽部のディナーショーに行くんだ」っていえないよね。どうかしちゃったんじゃないの?って心配されちゃうってば。
でもどれもニーズの上に成り立っているんだろうから、ちゃんとチケットは売れるわけだ。人の感性って実にバラエティーに富んでいるなとつくづく思う。

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雑穀がうまい

昨夜、生協で取り寄せた『普通に炊ける十種雑穀』とやらを炊いてみた。3合の米にひと袋(30g)混ぜて炊くと書いてあったが、口にあわなかったときのことを考えて米は1合に。おなかが空いていたので、洗ったあといきなり圧力鍋で炊いた。沸騰したら3分過熱、10分蒸らしでできあがり。
ここでまたまた私が大チョンボをしでかしたのでは?とご期待の皆様には申し訳ないのだが、これが非常に旨かった。
圧力鍋で炊いたとき特有のモチモチ感のせいか、お赤飯のようなくちあたり。クコのせいか、ほんのりと甘さも感じる。
十種雑穀のうちわけは、黒ごま、くこの実、そばの実、はとむぎ、黒米、小豆、緑豆、黒豆、とうもろこし、アマサランス。アマランサスとは「メキシコ原産の穀物で、蛋白質、脂質、ミネラル(特に鉄分・カルシウム)、そして繊維質等を多く含んでいる。特に、穀物に不足しがちの必須アミノ酸は質的・量的にも驚異的な栄養特性を持っている」んだそうだ。聞いたことさえなかったわ。
新米の旨い時期に、なにもこんなに雑多なものを混ぜ込まなくてもいいような気もするけど、なにしろ平日に時間をかけて何品もの食事を作る暇がなく、食品目数が恐ろしく少ないわけで、かなり気をつけないとあかんなと思っているわけだ。このほかにも黒酢、梅肉エキス、煮干粉なんかを常備して使っているし、コレステロールを下げるためにクルミも毎日取るようにしている。とはいっても、摂取したものが有効にからだに作用するには、他の食物とのグッドバランスがあってこそなわけで、健康的な食生活って、都会生活の中では本当に難しい。

話しは戻るが十種雑穀。かなり病み付きになりそうな予感。太ってやぶへびにならないようにしなくては。

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日本の至宝の色気に酔う

ヒデ、稲本ら帰国…。
成田を離れるヒデのかっこよさといったら、そこいらのモデルなんざ、足元にも及ばない。あんなにサングラスが似合う日本人がいるだろうか。嫌味やヤクザ感が微塵もない。実にスタイリッシュにスマートに決まっている。厚い胸板にイタリアンカジュアルがドンピシャだし、えも言われぬ色気がある。高校時代のヒデは、必ずしも男前とは呼べない面構えだったのに、大人になり人間性や肉体やサッカーテクが向上するに従ってどんどん魅力的になってきた。顔には心が表れるとはよくいったもんだ。ヒデの佇まいにはサッカーだけでは消化しきれない賢さや才能がにじみ出ているといっても過言ではなかろう。もはや日本を代表するとびっきりのいい男だ。今もステキだが、きっと余力があるうちに見切りをつけるであろう現役生活リタイア後の才能の開花が、実は楽しみだったりする。ちまたのリタイア組みたいに、サッカーコメンテーターなんかで茶を濁すようなことは絶対しないはずだ。

いみじくも今書いた『顔には心が表れる』だが、北朝鮮から帰国した5人も、たった一晩でがらりと変わった。帰国した日はどこかぎこちなく、もう日本人であることを忘れてしまっているのでは?と心配だったけれど、故郷に帰った途端のあの変わりようには驚かされた。生まれ育った空気、匂い、音、人の温もり…。確かに一旦離れてみないことには気付き得ない故郷のもつ力に癒され、本来の自分を取り戻したのだ。だからこそのあの表情の変化なのだ。

ところで感動目白押しの一時帰国報道だが、24年ぶりに日本の地を踏んだ瞬間や、地元の盛大な歓迎の様子、記者会見の内容報道くらいまでならいいけれど、家族水入らずの実家にまでカメラが入る必要があるのかと、だんだんと嫌気がさしてきた。「今夜はご家族水入らずで…」とリポーターはいうけれど、あんたたちがそこにいる時点で水入らずではなくなっていることに、なぜ気付かないのか不思議だ。帰国者の同級生や地元の人たちは口々に「向こうから誘いの声がかかるまでは、そっとしておいてあげたい」といっているのだ。分刻みで追いまわすのはいかがなものか。やり過ぎを非難するクレームが、ぼちぼち出始めるころなのでは?

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今日のアルツ度とジーコジャパン

このところ、ただでさえ自分のボケぶりに自己嫌悪していた私だが、今朝はまさにしゃがみこみそうな事件が起こった。

いつものように総武快速線東京駅で下車し、地下コンコースをたったと歩いて改札口へ。スイカ定期をピッと改札機にタッチ。ところが無情にもバタッと通せんぼされたのだ。
ここで自分のエラーに気づかない私は、となりの改札機にいって再度挑戦し、同じように通せんぼを喰らう。
「はぁ~~?」と思って2歩ほどさがり、スイカをまじまじと見て驚いた。そこには『10.11』の文字が…。
なんとたまげたことに、私のスイカ定期券は10月11日で期限が切れていたのだ。
ここでスイカ定期券の機能について説明しておかないとならない。
以前日記にも書いたけれど、スイカ定期券には『チャージ』という機能がある。任意の金額をチャージしておくことで、乗り越しなどの際、このチャージ分で瞬間精算することができるのだ。
つまり私は12日(3連休は電車をつかわなかったので、正確に言うと15日)から今朝船橋駅で改札を抜けるまでの間、このチャージ分を食いつぶしていたってことだ。380円×5回=1900円…。なんという無駄遣い。バカみたいだ…ってかバカだわ。
いやいや違う。無駄遣いがバカなわけじゃない。毎月やってくる定期券更新のことすら忘れきっていることがバカなのだ。
確かに今週は某企業CIに伴うネーミング作業で、しかもあの岩永先生との仕事ってことで、ちっともアイデアが閃かず、頭がとっちらかっていた…としてもだ。やっぱり尋常じゃあない。
ここはどこ?私はだれ?…、そんな日が近いような気すらする。

で、昨日の新生ジーコジャパンデビュー戦。
大方の期待を裏切るドロー試合ではあったけど、海外組合流後2日間しか調整ができなかったことや、見るからに俊輔が疲れていたりと、止むを得ない理由はあったようだ。
しかしむしろ、たった2日間の調整で、あの中盤カルテットを基軸にしたたたみ込むような波状攻撃はじめ、あうんのタイミングのパス回しは凄かろう。しかも服部のシュートがクロスバーに弾かれ、俊輔の左足FKがキーパーど真ん中だったり、ヒデのボレーシュートが弾かれたりと、日本中が「あ゛~」と天を仰いだシーンが多々あったのだ。結果はドローでも、まさに目が離せないゲーム内容だったのではないか。
途中アナウンサーが
「なんと!なんと!すごい試合だぁ~~~」と叫んだのは、ちょっとやりすぎって気もしたけど。
この後は、天才ジーコにきっちりと舵取りを願いたい。

ところで猫も杓子も脱色ヘアななか、鈴木の黒髪が新鮮だ。
普通の人に見えちゃう。プレーも総じて覇気がなかった。
日本では茶髪、ベルギーにいったら黒髪…。目立ちたがりやなのか?だったらプレーで目立ってもらわないと。キンドーちゃん(古い!)そっくりに口をあけてるだけじゃ、スタメン外されるわよー。

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拉致問題のこれから

最近1日あたりのアクセス数が100件を軽く超えている。
2万件目前なだけに、なんともありがたいことだ。
でも、不思議と休日はガタっとカウンターが上がらない。先週の土曜日は53件、日曜日だって62件…。ってことはほとんどの人たちはオフィスからアクセスしているということか(なかにはモバイラーもいらっしゃるようだが…)。あるいは充実した週末に、好き好んでネットサーフィンなんかしないわい!ってことか。
かくいう私だって週末は日記の更新のときくらいしか見に行かない。別に充実しているからってことじゃないけれど、家事やらおでかけやらTVやら…、パソコンに注意が向かないわけだ。
…そんなことはどうでもいいのだ。いずれにしても、掲示板には登場しなくても、いつも私の日記を楽しみにしてくれている友人たちがいることはなんだか嬉しい。
『久し振り!』といっても、『いつも日記を読ませてもらってるから、久し振りって気がしないよ』といわれるのは、心強いという気持に似た心地よさを感じる。

昨日、リアルタイムで拉致されていた5人の帰国をTVで見て、帰ってから記者会見の様子をニュースで見た。『洗脳されている』といわれている割には、みな明るく感激ひとしおな様子。25年という想像を絶する時間を超えた肉親の絆の強さを見せ付けられたと同時に、北朝鮮の残忍かつ非道な思想への腹立ちを再び感じた。
<特殊工作員としての素養がなかったから、日本語教師などの職業につくことで、任務を終えての『処刑』から免れることができた人たち…>帰国した人たちが本当に工作員適正チェックというフィルターから落ちこぼれた人たちであり、それゆえに昨日祖国の地を再び踏めたのなら、すでに死亡したと伝えられている人たちを思うと、これ以上の皮肉はないような気がする。すばらしく優秀であったばかりに洗脳され麻原の手足となったオウム真理教の連中を『優秀だったばっかりにね…』と思った記憶があったけど、今回もまた、筆舌に尽くし難い理不尽を感じる。

でも、なんといっても、こんなことが25年も放置されたままだったことがシンプルに不思議だ。しかも5人が一時帰国したからといって、まだまだ拉致問題は先が長い。認定されていない拉致被害者がいるかもしれないし、北朝鮮が語らない真実の掘り起こしも必須だ。中国残留孤児のように、帰国はしたものの日本の生活に馴染めずに精神的に追い詰められる人だって出てくるかもしれない。
なんてとんでもない話しなんだろう。

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『様』と『お』のはなし

ご誕生後、折につけメディアに登場する愛子さまが、文字通り実に愛らしい。まるで自分の役割がわかっているかのようなあの満面の笑みはどうだ。どこへ連れて行かれてもいつも乳母車の中で眠りこけていた私のような子だったら、何と言われていただろう。婚約前、マスコミから逃げていた雅子さまが今のような『皇室的微笑み』で登場するようになったのはご結婚後なわけだから、その天性を愛子さまが受け継いだとはいえないし、はやり皇太子ご夫婦の日常を反映したものに違いなかろう。
生まれて1年も経たないうちから、すでに国民に『癒し』を提供している愛子さまの今後が楽しみである。

ところで、こうして日記に書いている分には『愛子さま』『雅子さま』と書けるけれど、日常の雑談の中ではなぜか我ながらぎこちない。『愛子ちゃん』『雅子さん』と言ったほうがすんなりいく。本来ならば皇室の人である以上『様』でなくてはならないのだけど、どうも慣れない。そもそもが『様』遣いに慣れていない。クライアントにだって『様』を使うことは稀な業界だし。
昔、さしてブルジョアでもないのに、しかも両親のことは普通にお父さん、お母さんと呼ぶくせに、祖父母になると『おじいちゃま』『おばあちゃま』と呼ぶ友達がいた。医者のこともなぜか『お医者様』なのだ。どこでどういう線引をしているのか、子供ながらに不思議だった。あの子なら、ごく自然に『愛子さま』と言えてるんだろうな。世の中のどれくらいの人が、『さま』で呼んでいるんだろうとちょっと気になったりした。出るところに出たときにちゃんと使い分けができればいいだけの話なんだけど。『わかっちゃいるけどできない』もののひとつだ。

『へんなのにその理由がわからない』ことも多々ある。
たとえば『お』の使い方なんだけど、『お猿』はありで、どうして『お猫』はNGなんだろう。ざっとみると、動物の中で『お』がついておかしくないのは猿と馬と犬くらいのものだ。何か歴史的背景でもあるのかな。他にも『おくるま』はありで、『お自転車』はない。『お花』はありなのに、木や草には付かない。『お車代』とか『お花代』という言葉があることに、何か関係があるんだろうか。つまりはこれといった法則に則ったものではなく、昔から使い慣らされてきた言葉から派生したものなのかもしれない。そう考えると、外国人にとっての日本語の難易度は計り知れないものがある。日本人だって、妙な使い方をしているケースが山とあるんだから。

ところで今日は北朝鮮拉致事件において歴史に残る日だ。
北朝鮮から帰国の5人。25年ぶり肉親との再会を、そして目を見張るように変わっているであろう日本をどう思うのだろう。そして今後の彼らの人生は、今日を基点にどのように変わっていくのだろう。

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アップルパイと『命』に思う

食欲と並んで、芸術の秋と呼ばれるだけあって、なぜかお菓子作りにはとんと自信がない私も、アップルパイを作ってみたくなった。おいしそう紅玉に出会ったせいもある。
自信がないだけあって、パイ生地は冷凍ものを使用。型に広げて伸ばし、先日作って半分だけ冷凍しておいたサツマイモのミルク煮にバターとミルクをさらに加えてクリーム状にしたものを広げ、その上に砂糖とレモンとシナモンで甘酸っぱく煮たりんごを加えて、細く切った生地でデコレーションする。200度のオーブンで40分ほど焼くと、いい香りにこんがり焼けたスウィートポテトアップルパイの完成。熱々をいただくと、砂糖を控えた甘酸っぱいりんごと、サツマイモのやさしい甘さのコンビネーションが意外にも絶妙。久々のヒット作となった。

そんな、春でもないのにうららかな午後、柳美里の私小説を映画化した『命』を観にいった。
不倫の相手の子を身ごもり、自ら別れ、末期ガンに見舞われたかつての恋人と新しい命を育てるという実体験に基づいたストーリーだ。子を産み育てることへの不安で潰れそうになる柳を支え、それと同時に自分生まれ変わりと称する柳の息子の誕生と成長を見守りながら、生きることへの望みと執着を覚える東由多加。マスコミで実際に話題になったこの話しをリアタイムで聞きかじった時、まるでドラマのような話しだと思った記憶があるけれど、確かに映画といえども圧倒的なリアリティをはらんだ作品となっている。死期が迫った東を演じる豊川の激ヤセぶりも凄まじい。
細かい感想はまたの機会にするとして、なにしろエンディングロールが終わり切るまで誰一人として席を立つ人がいなかったのも、この映画の強烈な余韻の程を物語っているように思う。現実に戻った瞬間に自分の愛する人との今生の別れを思い、どっと涙があふれてしまう…。いろいろと考えさせられる映画だった。

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野外BBQ場は大流行

日本人がこんなにアウトドア好きな人種だとは思っていなかった。そういう自分も日本人であり、BBQだキャンプだと楽しんでいるんだけど…。
この3連休の過ごし方をまるで考えていなかったのがそもそもレアで迂闊だったのだが、1週間前から急に思い立って船橋付近のBBQが楽しめる施設に電話したが、軒並み予約は満杯。ダッチオーブンを久しぶりに使いたかったから、直火が使えるところをまず探しだんだけど、そもそも絶対数が少ないため、まるでだめ。であればせめてお日様のしたでBBQでも…と思ったけれど、これすら13日は予約が入らない。野外での飲み食いシーズンとして気候的に絶好であるだけでなく、さんまやマツタケなどおいしいものが目白押し。どこも賑わうのは無理もない。

そんなわけで、急遽我が家での宴会とあいなった。
里芋と厚揚げの煮物、チキンとジャガイモのにんにく焼き、ヒヨコ豆サラダ、ホタテと鯛のカルパッチョ風、そしてシュルケンさん所望のムール貝のワイン蒸しをつまみに2時から飲み始め、7時半にはシュルケンさんの技がひかるお好み焼きで締めた。ちなみにチキンとジャガイモのにんにく焼きはダッチオーブンで作ってみたが、あまりにも早くできてびっくり。さすがだ。
しかし8時間も食べ続けるとさすがに辛い。お酒も入らない。お陰で飲みすぎることもなかった。

それにしても男っていうのはいくつになってもオモチャが好きらしい。
氷を買いに行ったコンビニに、キットカット抱き合わせチョロキュー限定販売品が置いてあって、シュルケンさんと相方に買って帰ったのだが、ふたりしてどっちのクルマがどうだの、オレはこっちの方がいいだのと大騒ぎ。さっそく床を走らせてキャッキャとはしゃぐ様は幼稚園児と変わらない。ほほえましいやら笑っちゃうやら、予想外の反応だった。

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高級温泉宿を夢見る

来年の年賀状申し込みはがきが郵便局から送られてきた。もうそんな時期。今年もあれよあれよの一年だ。昨年は吉凶取り混ぜてドラマチックなことが多かったけれど、今年はこれといった事件もラッキーマターもなく終わりそうだ。21世紀もこうしてまったりと過ぎていくんだろな。20代のころの波乱万丈にも参っちゃうけど、こう安穏過ぎるのも、平和であることのありがたみが薄い。人間って贅沢だ。

でもどうせ贅沢なら、たまには高級温泉宿と呼ばれる究極のもてなし自慢な宿を2泊程度ではしごして、一泊目の客がチェックアウトした後の静かになった露天風呂で、木漏れ日なんか浴びながらうとうとしたい。それから中居さんにちょっとわがままいっておむすびを握ってもらい、散歩にでかけるのだ。見るもの感じるもの…新鮮に違いない。食事は部屋食もいいけど、宿の中の気の利いた食事処のカウンター越しに、料理人の技と会話を楽しみながら過ごすのもいい。
…いいなぁ。
ため息がでちゃうな。

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アタシってバカかな?と思う時

お我ながら、『あたしってマジでバカかな』と思うことが多々ある。定期や携帯を持たずに出かけることはいうに及ばず、めずらしくおかずを何品も作ると鍋にいれたまま食べ忘れるし、一昨日の朝なんぞはいつもとは逆の改札から入ったからって、ホームもまったく逆へ登ってしまい、あやうく違う電車に乗っちゃうところだった。突然家の番地が思い出せなくなったりもするし、出そうと思っている郵便物をいつも投函し忘れて何週間もバッグに入れっぱなしだったりする。大河ドラマは結構好きで、昔からよく見ているけれど、それでもやっぱり日本史に疎い。年代区分の順番くらいは言えても、年号も知らなきゃ将軍の名前もおぼつかない。よその国が地球儀のどのへんにあるかもヤバいエリアがたくさんある。どうなっちゃってるんだ、いったい。『無知』と『ボケ』は根本的に違うけど、私の場合は両方を兼ね備えているところがエグいのだ。子供でも作ってた日にゃ、何を聞かれてもろくに答えられないバカ母呼ばわりされてるところだ。
もっとも、私の周りにも今が平成何年だかわからなくなる人や、度教えても伝票の書き方がマスターできない人もいるから、会社生命にかかわるか、それこそ生死にかかわることじゃないかぎり、そんなに深刻になる必要はないのかもしれないが。いやそれにしても、自分として自分が許せないな。

そう思っていながら、ここで人の事をあげつらうのもいかがなものかとは思うけど、梨花(リンカ)っていうタレントのおバカ振りは、マジで見てるほうを恥ずかしく、かつ情けない気持ちにさせることを最近再認識した。
TOKIOのリーダー、城島がやっている土曜深夜の『愛のエプロン』。女性タレント3人が作る破天荒な手料理を、あの服部先生と男性ゲストが試食して優劣を判定する番組だ。そこへ時々出場する梨花。偶然にも『なんとか食べられる』(かなりお世辞)というコメントをもらって感激しきりの日は極めて稀で、ほぼいつも想像を絶するパフォーマンスを繰り広げてくれる。番組的には非常にオイシイキャストなんだろうけど、あまりの酷さに呆れを通り越して軽蔑に似た思いが生まれるのだ。その梨花が先週また出演していた。テーマはカレー。チャンネルを合わせたときはすでに調理が終わっていて、経過を見られなかったのが残念(ある意味ね!)だったが、試食をした城島、ゲストの東幹久、服部先生、さらには梨花本人までもが、セットの裏に用意されている吐き出し用バケツへと走る結果になった。『え~!どうだろ~ わかんな~い』とかいいつつ判定を待つ梨花が作ったそのシロモノは、はなからカレーと呼べるものではなく、スパイスやら香料やらをデタラメにぶち込んだ想像を絶する超刺激的な液体だったようだ。
料理が下手だからバカだといってるわけじゃない。どこまでが演出なのかは知らないし、女である以上何がなんでも料理ができなきゃならんとも思わないけれど、あそこまでの味覚バカ、料理音痴度を何度も全国に発信してしまっていることに恥ずかしさを感じないところがバカなのだ。

センスのいい女と称する要素に、料理のうまさと歩き方のカッコよさを挙げる男性がいる。なかなかいい感覚をしていると思う。味覚のイメージ力と舌の記憶力、自分を美しく見せる術、健康的な正しい骨格と筋肉、これらを備えていなければ、料理も歩き方も無様だ。モデル上がりの梨花の歩き方が酷いとまでは思えないけ
ど、すくなくとも女としてのセンスのよさは50%しかないってことだ(実際は50%を割ってると思うけど)。CMの声もかからない、演技もできない、いったいどうやって食べてるのか不思議なタレントは、もう恥を曝して笑ってもらうしか生きる道はないってことなんだな。そうか!…今気が付いたけど、恥を曝す番組じゃないと、もはやお声がかからないってことなのかもしれない。だったらタレント辞めればいいのに。辞めずにしがみついてるところが、これまたおバカの骨頂だ。

自分のオツムの程度が知りたくなったらこちらを試してみよう。
真面目なIQテストだ。

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ノーベル賞受賞のはなし

今年は立て続けにノーベル賞を日本人が受賞した。受賞内容があまりに高等すぎて、本当のすごさなんてまるでわからないんだけど、でもすごい。
「ニュートリノ」とか「コバルト」とか、普通に生活してたらまず認識するはずのない物質について長く研究を続けたことによる成果。根気と好奇心と自信がなければ成し遂げられないことだ。
一昨日受賞が伝えられた田中さんは、奥さんいわく猪突猛進型。のめり込んだときの集中力はきっと並外れたものなのだろう。いかにも研究者向きだ。43歳で『主任』という肩書きがちょっと気になったけれど、これも研究を続けたいがゆえに再三にわたり昇進試験のオファーを断り続けたからだとか。生後1ヶ月で他界してしまったお母さんのことを思い、自分の研究で人の命を救いたいという一念でここまで来たというエピソードを知ると、どれほどその意志が強かったかがうかがい知れる。はやり世界に認められる人は、研究結果はもちろんのこと、その人となりも非凡なのだ。

それにしても島津製作所にとってもこの田中さんは至宝だ。図らずも薩摩藩の家紋をまんま使ったロゴマークとともに、一躍世界にその名を轟かせるに至ったのだ。びた一文使わない宣伝広告。きっと田中さんの給与はどんとアップするんだろうな。
そんな田中さんと奥さんの出会いはお見合いだったとか。しかもたった7年前だ。奥さんの恐るべし先見の明。もちろんダンナがノーベル賞受賞者になるなんてことは予想だにしなかったとは思うけれど、ナイスチョイスには違いあるまい。プライベートでも実に誠実なひとらしいし。
まぁそんなことはどうでもいいんだけど、ニュースを見ても、新聞を読んでも、暗いネタ一色だっただけに、なんとも嬉しいニュースである。

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結婚を考えたひとり酒

昨夜はちょっと飲みすぎた。
めずらしくひとりでワインを1本空けてしまった。昔はよくやったけれど、ここ1年ほどなかったことだ。

…とはいっても、750mlきっかり飲んだわけじゃない。
出端のイチジクを見つけたので、安目の赤ワインを買ってワイン煮を作って、その残り(といっても半分以上はあったけど)を飲み干しただけだ。
朝ヨーグルトをかけて食べたイチジクのワイン煮は、すっきりと甘くておいしかった。

昨日飲みすぎたのにはワケがある。ひとりで悶悶としてしまったのだ。結婚ってもんについて考え込んでしまった。今の私にとってはもちろん、周囲の独身族含め結婚ってどうなんだろう、何なんだろうと。

適齢期に付き合ってた人と結婚したというのが、かなりの数を占めるとは思うが、私のように立派なバツが付き、泣きたいほどの孤独をも経験し、ひとりで食べるくらいの稼ぎは曲がりなりにももらえていて、もう出産・子育てもキツイ年齢となれば、相手がいても結婚を急ぐ必要は見当たらない。男の人なら、家庭があることによる社会的信用度アップを狙うってこともあるのかもしれないけれど。
「親を安心させるため」なんてことを言う人もいるけれど、親を安心させるためなら、相手のことをどんどん愛せるようになるのか?なんだかこれも先が見えた結婚って感じだ。
籍が入っていることで、万が一の時に踏ん張りが利くかというと、離婚時を思い出す限りでは、まったくそんなメリットはなかった。嫌になった人と、世間体や責任?を理由にいつまでもただ物理的にいっしょにいるということは、離婚後10年以上経った今でさえ、私にはできそうもない(もっとも子供がいなかったからこそってのもあるけど)。別れないが為のセキュリティーシステムじゃないのだから、結婚の意義はもっと別のところにあるはずだ。
妙な言い方に聞こえるかもしれないけれど、好きなうちは結婚しないほうがいいと思う。ここでいう「好き」というのは、「愛」が完全には育っていない「好き」だ。好きだから嫉妬するし、一挙手一投足が気になるし、期待するし。相手のすべてを受け入れられるだけの愛が育てば、つまりそんなふうな愛に変わるだけの信頼関係を築くことができれば、そうそう簡単に別れる事態が起こることはないと思うわけだ。中には「相手の幸せのために別れを選ぶ」とかいう仏様チックな愛もあったりするみたいだけど。
…なんだろう。怖気づいてしまったのかな。妙に慎重な自分がちょっとばかりらしくない気もする。
一晩考えた割には、ことごとくまとまりがないし、結論にも至らない。まいったね、こりゃ。

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なおニン恋愛道 いろはの「ろ」

恋愛道いろはの「ろ」を書こうと思っているのだが、これがなかなかまとまらない。このところ恋愛で悩んでいない証拠だ。百戦錬磨と人は言うけれど、決してかれた気はしない。百戦玉砕?いやいや今思えばどれひとつとっても無駄だった恋はない。出会わなければ良かったと思うような人もいない。すべての恋の挙句の今の私だ。

で、「ろ」だけど、ひとくちにいうと、見てみぬ振りは大切ってことと、期待しすぎるなってことかな。なんだか開きなおりな捨て鉢風に聞こえるかもしれないけれど。
非常に残念なことだけど、恋する瞳に相手のボロは見えない。例えブサイクな相手だろうと、琴線に触れる輝かしい魅力に惚れてしまう。魅力の脇から少しくらいのボロが例え見えても、我慢できると思ってしまう。
ところが時が過ぎ、当初の輝きが濁り始める。そんな人だったんだ…、ってことになる。ここでこのボロが許容範囲を超えているのなら話は早い。別れちゃえばいい。自分の見る目のなさを認識し、明日からの恋愛の肥しにできただけで、惚れた甲斐があったと思えばいい。
でも別れるほどには至らない、つまりは例え親友に軽く相談しても『そんなことで悩んでたら、誰とも付き合えないじゃん!』くらいのひとことで片付けられそうな程度のボロやガッカリだとたちが悪い。第三者には大したことじゃなくても、当事者にとっては気になることほど命取りになりやすい。ちょっとずつ延々と気になりつづけるからだ。
裏切りや侮辱といった人格を否定しかねないこと以外は、「あれあれ、また始まったのね」と、見てみぬふりをすることが肝心だろう。
期待しすぎないということについては、ちょっと難しい。
相手に対して一生懸命なときほど、自分がこれだけやっているのに…と思いがちだ。一生懸命であることは決して悪いことではないわけで、要は「程度」と「種類」の問題だ。一生懸命の方向性を間違うと、相手にとってはただのウザさにしかならない。相手は自分とは違う形や方法で愛情表現してくれているのかもしれないのだから、すべてが自分の期待した通りのスタイルにならないからといって、失望したりガッカリする必要はない。
思いがけない形で相手の愛情の深さを感じたりすると、逆にかなり幸せだったりすることもあるのだ。

なんてことを偉そうに書いてはいるが、私もつまらないことを気にしていることがある。特に昔付き合って嫌になった相手と同じことを相方がやったときには本当にガッカリした。ショックだった。こんな理由で相方を責めても理不尽と思い、何度か我慢したあとそれでもやっぱり言ってしまったけれど、
「それ、いやなんだよね」って。

これ以上続けると、いろはの「は」になっちゃいそうなので、また次回(←まだやる気)。

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ああ 聞き違い

小室哲哉、KEIKOと再再婚へ…。
2日間の休みを経て、さぁまたまた一週間の始まりです!っていうタイミングにはちょっといただけないネタである。あまりにどうでもよすぎる。でもどうでもいい割に、だったらトモちゃんやあの元カミを傷つける前にとっととKEIKOと結婚しときゃよかったのにさ、なんて思っちゃうんもんだから、ヤレヤレだ(←自分に)。
でも恋愛って…というか、結婚含めタイミングありきってことなわけだ。昔はへとも思わなかった相手が、或る日突如輝きはじめることもあるし、お互い憎からず思い続けてはいても、数多の事情により恋愛関係にコマを進めることができなかったとか、そういうことはいくらでもある。「好きになっちゃったんだから仕方ないもん」と、相手や周囲の迷惑顧みずズンズン突き進むラブ・イズ・ブラインド症候群の人には、「そうかな~。好きなら突っ走ればいいじゃん」で終わりな話しなんだけど。
もっとも、小室とKEIKOが「気が付いたら光ってた」とか、「やっと気が付いた」系のゴールインなのかどうなのかは知るよしもない。ひょとしたら<globe再燃!YOSHIKI参加にさらに追い討ち話題喚起!>の仕掛けなのかもしれないし。

で、今朝はさらにどうでもいいネタがもうひとつ。
石田純一と長谷川理恵の年内婚約のニュースが、実は誤報だったとか。ゴルフのラウンド中の石田をリポーターが囲んでのインタビューだったため、本人の言った『脚本』を周りで聞いていたリポーターが『結婚』と勘違い。バカバカしい聞き間違い報道となったんだとか。なにしろ石田の再婚が気になって仕方ないスカタンリポーターならではのボケだ。今さら誰も驚きもしないニュースだからよかったようなものだけど。

聞き間違いで思い出したけど、うちのオフィスではこの聞き間違いがかなり多い。特にakiさんと私の間で日常茶飯事のように繰り返される聞き間違いを含みつつ展開されるそのやり取りは、部外者から言わせると「よくそれで仕事になってますね」なほどにスゴいものだ。概して「何をいっているかよくわからない」akiさんと、過剰な想像力と思い込みが目立つ私の会話だ。勘違いのままそれがakiさんから私へのミッションとなり、「だって昨日いったじゃない!」「バカいってんじゃね~よ、いわないよぉ!」な事態になる日も遠くないかも(っていうか未遂は過去にあったような気がする)。

そこで一句。
『気をつけよう!聞き違いが危機を呼ぶ』…お粗末。

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オイシイ一日

昨日、相方の家に行った時、お母さんに三層鍋で炊くおいしいご飯の話を聞いて、今朝はさっそく『その気』になった。もちろんうちの三層鍋は炊飯には向かない形だから、ちょっと厚手の普通の鍋で炊く。いつも炊飯器任せゆえ、鍋でおいしいご飯のひとつも炊けなくちゃ…と思ってのこと。アウトドアではもちろん、災害にだって遇うかもしれない。炊飯器が未来永劫手元にあるとは限らない。

洗ってざるにあげて1時間ほどおいたお米を鍋にいれる。水加減は米の2割り増し。何かのオマケにもらった炭を入れてみる。強火で加熱し、沸騰してきたら蓋をあけ、箸で軽く混ぜる。そこから噴かない程度の弱い火加減で8分加熱。さらに火を小さくして、鼻と耳を澄ます。ご飯の炊ける匂いがして、さらにそれからパチパチという音が聞こえ始めたら火を止めて12分蒸らす。蓋をあけ、上下におこす。ここで水気の多い部分とコゲはじめた部分とが混ざり合って、ムラがなくなるから、おこした後、ほんの少し蓋をして待ったほうがいい。
う~ん。やっぱりうまっである。炊飯器より早く炊けるし、これが三層鍋だったらさらにさらにおいしいんだろうな。炊くときに日本酒を加えるとか、みりんをほんの少したらすとか、旨いご飯炊きは奥が深そう。ちょっとはまりそうな予感。

そんな幸せな朝食のおかずは、銀杏がんもとしいたけ煮、ウナギ入りにら玉、大根と油揚げの味噌汁、たらこ。
お腹ごなしに近くの天沼公園へ行ってみると、園芸市が開かれていた。
葉振りのいいアイビー1株が98円。なぜかポトスしかうまく育てられない私だけど、安さにつられて買ってしまう。お釣りの2円は結構ですというと、1000円買わないともらえないはずの福引券をくれた。テントの下の抽選所でガラガラっとクジを引くと4等賞。かわいい小花が咲く鉢植えが当たった。たった2円でずいぶん得した気分。ひさびさルンルンモードだ。
KIHACHIアイスを食べようと東武百貨店へ行くと、なんと北海道物産展をやっているではないか!今日はずいぶんとイベント運がいいみたい。6階の会場へ向かうと、ものすごい人出だ。ロイズチョコレート、タラバカニ、毛蟹、日高や利尻の昆布、紅鮭、北海珍味、ケーキ、富良野の牛乳、ソーセージ、ソフトクリーム…すごい!北海道がまるごと大集合だ。ラーメンの「すみれ」は試食まで出していて、もちろんいただいたけどちょっとかなり濃い目の味噌味。麺は太麺でかなり歯ごたえがいい。即席のお食事どころでは、うに丼、いくら丼が1000円。垂涎ものだがまだお腹が空いていない。『厚岸弁当』の相方はカニ、私はうに弁当を買って帰る。このお店は『かきめし』で有名な厚岸の駅弁やさん。実演販売のおじさんがご飯に乗せていくかきは、味がしみて実に旨そうではあったんだけど、悩みに悩んでうににしてしまった。食べ終えて思うに、やっぱり『かきめし』にしておけばよかったかも…。

食欲の秋とはよくいったもの。何を食べてもおいしい。そうして私はどんどん太っていく。かなりヤバい。

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曝した日記1周年と人間小泉

ここ忍者屋敷を立ち上げて今日でちょうど一年が過ぎた。曝した日記も一年続いたってことになる。管理画面のデータを見ると日記記入率は93%。24日だけサボったってことだ。毎日書いてるつもりでも、長い一年の間にはうっかり忘れてしまったり、忙しくて書けなかったり、社会的にも個人的にもまるでこれといったトピックスがなかったりする日もあるのだ。

これまでこれといった抗議や反論は届いていない。ある程度スタンダードな視点で、ものごとが見えているってことか。かなりステレオタイプだといわれることはあるけれど(特にシュルケンさんに)。

世の中は相変わらず北朝鮮拉致問題でもちきりだ。北朝鮮の非道を事前に知りながらサインをしてしまった小泉首相へ、死亡時期を知っていながら遺族に報告しなかった外務省へ、非難が止まらない。
まだ全容のほんの一部しかわかっていない拉致問題だ。死亡時期だけが今わかっても、憶測や想像を煽るだけではないか。現に同じ日に死亡しているふたりは「殺害」あるいは「処刑」という表現で報道されている。どんな風に、どんな理由で亡くなったのかが添えられない以上、死亡時期情報だって確実な情報とはいえない。北朝鮮からの生死の報告を、確認もなしに伝えたと激怒したのなら、これも確認済みとはいえない死亡時期を伏せた福田外相を責めることはできない気がする。

それにしてもだ。
こういうとき、小泉さんはじめ政府要人は実に大変だ。
遺族側は思いのたけをメディアにぶちまけることができるし、なんたって『被害者』だ。同情やいたわりの目でガードされることはあっても、どんな言動をしようと非難されることはない。
でも小泉さんを始めとする政府サイドは、感情を表に出すことも、開き直ることもできない。どう転んでも必ずどこかから非難の声があがる。
いやそれは当たり前でしょ、国民に選ばれて国を引っ張ってる人なんだからっ!…
確かに当たり前ではあるけれど、彼らだって人間なのだ。あの日小泉さんが日本の何十パーセントの人たちが望むように、そういうことならサインはできない!もう一度熟考の上判断させてくれ!といったとする。そこで金総書記が逆ギレなんかしちゃったらどうするんだ。彼だって人間だ。しかも激しやすい北朝鮮のトップだ。ちょっとした言葉のニュアンスや仕草や表情で、歴史はいくらでも動く。歴史が動くということは、その国の人たちの運命も動くのだ。それを左右する場へ臨む人たちのストレスは到底我々が想像できるレベルのもんじゃない。あの北朝鮮に幕の内弁当もってのりこんで、盗聴を気にしながら午後の会談の策を練り、そうして臨んだのだ。気の弱い奴なら、貧血で倒れそうな極度の緊張だろう。そうして帰国後の非難轟々だ。寝ても冷めても、いや恐らくろくに眠れはしないだろうけど、お風呂にはいってようと何してようと国の代表としての責任が一分一秒たりとも彼らを解放はしないのだ。

別に私は小泉派でもなんでもない。田中真紀子を切ったときはやっぱダメだなと思った口だ。でも私を含め、私の周りにいる連中と同じひとりの人間として彼を見るとき(失礼か?)、決して投げ出せない、泣き言をいえないあまりに重い責務に、その精神力の強さが崇高とさえ思えてしまう。
…そんなことをすごく思ってしまう昨今である。
今のところ、訪朝関係においては小泉さんはよくやってると私は思うぞ。

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おそまつ東電と老人医療

先日の台風による停電普及作業中のミスで、家電製品のことごとくが過電圧で使い物にならなくなった相方の実家を訪れた。
電話で話しを聞いたとおり、実家の周囲30世帯ほどの電圧をコントロールしていたトランスは、作業を見守る付近の住民の目の前で爆発し、その衝撃はかなりのものだったらしい。相方の両親曰く、きっと作業員が100Vと200Vの線をつなぎ間違えたのはないか…と。
火災だとか怪我人が出ていないから表沙汰にはなっていないが、その作業ミスが事実であれば大チョンボだ。
相方の実家だけでも、すでに修理が終わった冷蔵庫は修理代が2万円以上かかっている。ウォシュレットやシーリングライトに至っては、部品が揃わないとかで買い換えるしかない。東電は果たして買い替え分まで補償してくれるのだろうか。道理からすれば補償して当たり前ではあるが、その製品を何年使っていたかとか、そういうことを考慮に入れる話しになれば、かかった費用の100%が必ずしも補償されるとは限らない。となれば両親ら年金生活者に取って…、というよりも万が一うちが被害を受けていたとしても、とんでもない突然の大出費だ。
どうする気だ、東電。成り行きをゆっくりと見せていただこう。

ところで今朝着た父の手紙に取り上げられていた老人医療改正。10月1日から実施され、70歳を過ぎた人には「医療受給証」が配布されたらしいが、これには2種類あるらしい。637万円以上の稼ぎがある医療費2割負担の人用と、それ以下の1割負担者用だ。通院のたびに持ち歩く保険証と対になるこの「医療受給証」ひとつで、金持ちか否かが一目瞭然というわけだ。世の中、「金持ち風」「貧乏くさげ」と雰囲気で推し量るケースはいくらでもあるけれど、この受給証ほど、貧富の差があからさまに、しかも否応なく露呈してしまうものが他にあるんだろうか。
日本って国のこういう部分のセンスのなさが、本当に嘆かわしい。

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なおニン恋愛道 いろはの「い」

『相性がいい』という言葉は、性格や趣味が似ているとか、同じ感性を持っているとかいう至極抽象的な言葉でくくられがちだけれど、これを具体的に表現しようとすると、実にいろいろなシーン展開が想像される。

フっと笑ってしまうポイントが似ている人、寂しさを感じるレベルが近い人、ゴメンをいうタイミングが似てる人、時間の感覚が同じ人…、列挙に暇がない。
これらのいちいちが限りなく近似値にないと、どちらかが結構なストレスを感じてしまうものだ。もともとは近かったのに、歳とともに徐々に変わってしまうことを考えれば、一生寄り沿って生きていけるカップルが生まれる確立は、天文学的数字(かなり大げさ)といえなくもない。
あとは相手を思いやる寛大さと、理解し合おうとする情熱だけがカップルの寿命を左右するのではなかろうか。

ケンカひとつしないカップルを私は少しも羨ましいとは思わない。もちろんテレパシーレベルで会話ができて、言葉にしなくても相手の気持ちが手にとるようにわかってしまう、それこそソウルメイトとでもいってしまえるような相手とならケンカなんて不要なんだろうけど。
わかってくれていると思っていても、わかったつもりでいても、ついつい日常の「当たり前」の繰り返しの中にいると、おざなりになりがちなものがある。それはすなわち、お互いの感性のズレによって生まれてしまうものだ。
なんだか最近しっくりこないなと思った時は、ちょっと気になっていることを質問してみたり、逆に主張してみたりすることは大切だ。
私は思ったことをすぐに口にするのが悪い癖だ。
喜怒哀楽はすぐ口にする。アンニュイの対極にいる人間だ。
「みなまでいうな」な男性にとっては、実に嫌な女だと思う。
でも相方にとっては、「何を考えているかわかりやすいからいい」らしい(程度の問題はあるが)。無口な女性で苦労をした経験があるからだそうだが、いってみれば、これもいわゆる相性なわけだ。

前置きが長くなったけれど、昨日はちょっとしたことがキッカケで、私はぶんむくれた。相方の言動が意にそぐわなかったからだ。私からしてみれば『そうするか?普通』なことを、相方はダブルで犯したのだ。例によって「とりあえず謝っとくか」的電話をくれたけれど、そんなもんでご機嫌まっすぐになる私じゃない。私がどうしてむくれたのかを聞かなくてわかるのか?わかってなくて謝るとはどういうことだ。そうして私は「どうしてそうなわけ?」ではなく、「ああいうのはこうだから悲しい」と訴えた。どうして?と問えば、相手を悩ませるし、出てきた答えに対して私はさらに文句を言わなければならない。「ここんところが悲しい」「それは嫌い」といっていまえば、相手は「わかった」「もうしない」となるわけだ。不可能なオーダーじゃない限りは。
…なんだかこう書いていても我ながら思う。私は実に男らしい女だと。「竹を割ったような」を通り越して、竹を割った勢いで地割れが起きそうな勢いだ。

まぁなにしろだ。
すべての行き違いがこのパターンで収まるとはいえないけれど、所詮は赤の他人。いうべきことはいうし、わからないときは聞く。これは恋愛いろはの「い」だと私は思う。
恋愛いろはの「ろ」は要望があれば後日公開。

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巷にはびこる変なこと

いろいろな事件や、身の回りの出来事が、どう筋道立てて考えてもなんか変だろと思うことが時々ある。
例えば絶対の自信作を引っさげて臨んだプレゼンテーション。クライアントもなかなか気に入っている様子。もうこれは絶対イタダキ!と思っていたのに、直前になっての大どんでん返し。どう考えたっておかしいわけだ。で、クライアントに一杯飲ませて聞いてみりゃあ、裏で政治力が動いてたっていう、まぁそんなことはよくある話しなんだけど、何しろなんか変だろと思った事象の背景には、絶対といっていいほど裏がある。何かあるのだ。

北朝鮮拉致事件調査団の調査結果。
絶対おかしいと思った人は多いだろう。
生存している人はみな夫婦とも生き残っていて、亡くなった人はみなふたりとも死亡したことになっている。夫婦のどちらかひとりだけが生存しているケースがないのは、どう考えたっておかしい。亡くなった後火葬され、小泉首相の訪朝が決まった日と同じ日に、再度焼かれているのも意味不明。DNA鑑定を不可能にするためと疑うのも当然だ。どこまでが真実で、どこからが虚偽なのか。それが身内の生死にかかわっているというのだから、拉致された人たちの家族の心労は想像に余りある。
これから先、いったい解決の方法はあるのだろうか。調査団を何度送り出しても、北朝鮮側の真摯な協力体制なしではこの事件の解決には至らないのだから。

話しはずいぶんと変わるけど、マックのハンバーガー59円にしても、吉牛の280円にしても、これも私に言わせればかなりなんか変だろなのだ。だってそれまでは1.5倍なり2倍なりの定価だったものが、その質と量を変えないで値下げできるっていったいどういうことなのさと、普通だったら思うだろう。純利と売上のマジックでもあるのか?
もっともマックも吉牛も昔から馴染みがないから、これからも特にマックなんて行くつもりはないんだけど。
ついでに書いちゃうけどミスタードーナツ!学生の頃はよく行ってたんだけど、どうも飲茶なんかをやり始めた頃から足が遠のいた。だってドーナツを食べにいったのに、小龍包やら肉まんの臭いがするのって興ざめなんだよね。もともとウッディーな感じのインテリアだったのに、妙なチャイニーズ感もしっくりこないし、いったい何屋なわけ?といいたい。おまけに肉まんに無認可添加物入れるわ、餃子に小石が入ってるわって、ドーナツだけ売ってればこんなことが起きるはずもなかったのにって、つくづく残念なわけだ。
やっぱりなんか変だろミスドもね。

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