なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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Qちゃんと乙武くんに学ぶこと

高橋尚子快勝。スタート前は足の故障も手伝って、監督ともどもかなりナーバスだったというけれど、その話しの信憑性が薄れるほどの圧勝だった。いや確かに右足の蹴りが弱いとか、左足がやや外向きに着地しているとかいう現地のリポーターの言葉に、増田明美が心配そうに頷いてはいたけれど、あれだけ2位を引き離してのゴールだ。『圧勝』で問題なんかあるはずない。そうしてお馴染みのゴール後のケロっとした表情を見るにつけ、本当に人並み外れたアスリートだってことを思い知らされる。そんなに急に止まって大丈夫なのか?どうして息の乱れがすぐに戻るんだ?今までのマラソンゴールの風景をある意味一新してしまったという点でも、あの子は歴史に残る選手といえる。
しかしそんな不調高橋の、場合によっては手に汗握るレースだったかもしれないここ一番に、まるで一昔前にタイムスリップしたかのようなあの中継映像のぐっちゃぐっちゃはなんだ。ベルリンはなぜヘリが飛べないんだ。海外映像一切なし。すべてはフジテレビの映像送信技術ひとつにかかっていたのだ。もう少しなんとかならなかったのか。高橋が不調をおしてここまでやったというのに、途中で画像が何分も切れるわ、モザイク交じりの絵になるわって、いい加減にしてよ!な中継だった。野球中継で『ナースのお仕事4』を2時間半も遅れて放映してクレームを喰らったばかりなのに。放映権奪取も命取りになるぜ。

高橋尚子の超人的パフォーマンスもすごいけど、乙武君の生きざまも、決して健常者には真似のできないある意味精神のパフォーマンスを感じる。昨日2時間枠で放送された乙武くんのスポーツライターとしてのドキュメントには、ちょっとびっくりするシーンが多かった。タイで家族のためにムエタイ選手となって賞金を稼ぐ12歳の男の子に感動し、W杯が始まればほとんどの試合を生で観戦し、F1の取材にイタリアまで飛ぶ。W杯で負けて号泣していた市川の本心が知りたくなれば、わざわざ本人に会いに行き、その涙の影に結局一試合も出場できなかったGK川口の言葉があったことを知る。なにしろ好奇心旺盛なうえ、行動力がある。しかもあの100kgもある車椅子で、だ。
人間とは、気の持ちようひとつで、こうも切磋琢磨し、熱く生きることができるものなのかと、高橋尚子、乙武洋匡から教えられたような気がした。教えられたからといって、今日からの私が熱い女になるわけではないけれど、ものごとの結果だけでなく、そこへ行き着くまでの到底窺い知れない努力を思い、すごいことをすごいと認められるものの見方は、できたほうがいいなと。それなしで感じる感動なんて、なんだか薄っぺらなものでしかないのかもしれないと、そんなことを思ったりした。
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久しぶりのヒュー・グラント

1時間という時間を与えられたら何をするのが一番有意義だろう。
お風呂にゆっくり浸かる。
散歩をする。
走る。
読書する。
CDに聴き入る。
…やることによって、長く感じたり、あっという間だったりするんだろうが、カラオケの1時間というのは、実に短いことを今日つくづく実感した。
相方とふたりだったし、もう11時を過ぎていてなんだか眠かったってこともあって、1時間ぽっきりにしてしまったんだが、ふたりして交互に歌ったらあっというまに時間を告げるインターフォンが鳴った。下手すると平気で3時間程度は歌ってしまうこともあるのだ。1時間はさすがに短い。不完全燃焼状態のまま家に帰り着いた。当然帰る道すがら、ずっと歌い続けたことはいうまでもない。

「I am Sam.」以来映画を観ていなかったが、昨日やっと「About a boy」を観た。相方が自分と似ていると信じて疑わないヒュー・グラント主演ゆえ、「命」にも心惹かれた私の意向は却下され、土曜のららぽーとだというのにたった10人程度の観客といっしょにちょっと老け始めたヒュー・グラントに見入った。「ブリジット・ジョーンズの日記」以来のご無沙汰だが、髪が短くなってちょっと雰囲気が変わった。
ストーリーは、死んだ父親がかつて作曲したクリスマスソングの印税のお陰で、仕事にも就かず人との深い関わりを嫌って生きるヒューが、ひょんなことから知り合った12歳の少年との心の触れ合いの中で、本来の人としてあるべき姿に変わっていくというハートウォーミングなお話し。ヒュー以外は有名どころの俳優は出てこないが、子役含め脇役たちの演技が結構イケていて、なかなかおもしろかった。ここまで人が入らないのが不思議なくらいだ。もっともヒュー・グラント目当てで観ただけであって、そうでなければ恐らく観ていなかったであろうから、その不思議加減もさして深刻ではないんだが。

しかし今日のららぽーとは混んでいた。ところどころ店舗の入れ替えがあるのか、閉店のサインが出ているところもあったが、昨今各百貨店のデパ地下がイートインスペースを積極的に増やしている傾向がららぽーとでも見られ、アフタヌーンティーが喫茶スペースを増設したりしていた。KIHACHIアイスもいつにも増して長蛇の列。スウィーツ好きの男性も、増えたんだな。昔は好きなくせにかっこつけて食べない人が多かったけど。
そういえばデパ地下ブームの次は、ホテルの1Fにあるデリが旬らしい。端折って「ホテイチ」…?ほていちぃ?なんだか七福神みたいでずいぶん和なニュアンスなのがホテルとはミスマッチすぎるな。なんでも短縮すればいいってもんじゃないんだぞ。しかし都内にはジャンジャカ新しいホテルができているけど、最近はまともに見に行ってない。あまりにできるのが早くておっつかない。東京ドームホテルが最後くらいか。ホテルはロビー周りを眺めてカフェでお茶するだけで、ラグジュアリーな気分になるからたまにはいってみなくては。
どうでもいいけど、まには週末晴れてくれないかな。

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ネーミングの天才とのお仕事

昨日は企業CIの仕事で、コピーライター岩永先生の事務所を初めて訪れた。「からまん棒」や「MyCity」、「JAL悟空」など数々の作品で知られるネーミングの大御所だ。ちょっと緊張していた。
ボスとの待ち合わせは、小泉さんがブッシュ大統領を接待したことで一躍有名になった西麻布の『権八』前。3階建ての純和風な建物は、西麻布の交差点の景観を変えるほどのインパクトがある。3階へ向かう階段が外に付いている。VIP対応に使うのかな。10分ほど待つ間、店の前に出ているメニューをチラッとみたが、値段はかなりこなれている。鶏料理とお蕎麦がウリのようだ。ランチメニューは特にないけれど、ひっきりなしに客が出入りしている。びっくりするほどおいしいってわけじゃないけれど、なにしろ接客がすばらしいという噂。ここまで来て、入る時間がないのはなんとも口惜しい。

岩永先生の事務所のドアをあけると、真っ黒な毛並みが美しい、大きなラブラドール「ジローくん」が出迎えてくれた。打ち合わせスペースにいくと、テーブルの下に入って、鼻先を私の膝頭に付けたり、前足を伸ばして遊んでほしそうにしていたが、隣のスペースから先生が呼ぶとすっと立って戻っていく。実におりこうさんだ。あそこまで存在感があると、もうペットという概念では納まらない。友達、あるいは家族である。あこがれちゃうな、大きな犬のいる生活…。
そうこうするうち始まった打ち合わせだが、先生がまとめてくださった社名変更にあたっての企画書を拝見する。クライアントがミーティングの中で好き勝手に並べ立てた意向が、実にわかりやすく整理されていて、今回のネーミング制作作業の方向性がすでにまとめられていた。本当に頭がいい人の話はやさしくてわかりやすいというけれど、企画書だって同じこと。ネーミングの実作業に入る前段階で、すでにお勉強させていただいた気がして、日本の広告業界を支える大御所と組める喜びがぐっと沸いてきた。

夜はのり平と待ち合わせて船橋の大とらへ。しゃべり続けて気が付いたら、店に入って4時間が過ぎていた。ありゃりゃ。しかもかなり飲んじゃったし。やれやれ。
すっかり涼しい。もう秋まっさかりだ。

そういえば岩永先生が「宣伝会議」に定期出稿していた小説が本になるらしい。広告代理店を舞台に、第一章はコピーライター、第二章はADという具合に一章ごとに主人公が変わりながらひとつのつながったストーリーが展開していくという、なかなかおもしろそうな小説だ。広告業界入門書としても、企業もの小説としてもウケるのでは?
10月10日ごろPHPから発売。
タイトルは「真夜中のプレゼンテーション」

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新しくなった丸ビルへの正しいアプローチの仕方

昨日のアフターファイブ、相方と八重洲で待ち合わせた。αランドへ行く以外に特に予定がなかったので、出来立てホヤホヤの丸ビルへ行ってみた。
八重洲口から東京駅の地下を抜けて丸の内口へ出たはいいが、あれだけ媒体を使った告知をしていたわりに、ちっとも案内のサインや駅貼りがない。右往左往しながらたまたま見つけた「新丸ビル方向」というサインに沿って歩くと、先のほうにすんごいオンボロなガラス扉が見える。
はぁ~???
間違いなく違うビルだと思ってなおも進むと、突然サインスタンドを発見。
いかにも「間違う人が多すぎて迷惑してるのよね」の挙句に即興で作ときましたーな感が否めないそのスタンドには、「新しい丸ビルはこちら←」と書かれたコピー用紙がセロテープで貼り付けてあった。指されたほうを見るほど、なるほどテラコッタ色の壁が見え、人がぞろぞろと行き交っている。
なんだか恐ろしく御上り風なアプローチをしているような気がしていやになりつつ、それでも飲食店のインフォメーションサインを見たりして。でも上に上がるエレベーターには人だかりが。お店のラインアップも、確かに日本初出店のイタリアンとか、あのフカヒレで有名な福臨門なんかは入っているけれど、グリル満天星ってあーた!船橋の東武にもなかったっけ?ヨーカドーだったっけか?なんだかな。
そんなこんなでなんとなくさらに丸ビルを責める気が失せてしまった特に相方は、もう出口を捜している。わずか5分も居ないうちに丸ビルを後にして、有楽町のコカレストランで乾杯した。

東京に20年以上も住みながら、いくら丸の内に縁がないからって知らなさ過ぎだといわれれば、おっしゃるとおりその通り。であるがしかし、何千万もの広告費をかけておきながら、実際来る人に対しての、この不案内はどうだ。おまけによくよく調べると、新丸ノ内ビルっていうのは昭和27年にできたオンボロビルで、今度リニューアルした新しくなった丸ビルのお隣りに立っているではないの!(ここももうじき立て替えするらしいけど)
CMでいっていた『新しくなった丸ビル』っていうNAが、この混乱をさらに大きくしている。新しくなった…って聞いちゃったばっかりに、つい新丸ビルだと思っちゃったことを誰が責められよう。馬鹿にしてるって。

そこで教訓!
新しくなった丸ビルへは、正面切ってどうどうと地上1階から入りましょう。

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引越しと恋愛の関係

明日で8月も終わる。いくら昼間は暑くても、日が落ちるとそれでもいくらかしのぎやすくなった。虫の声もちらほら。
船橋に越してきて、もう1年と1ヶ月。あっという間だった。
私が船橋に越してきたのは他でもない。相方と付き合い始めたからだ。
もちろんすでに5回目の更新を終えたばかりの荻窪のマンションを、更新後たった1ヶ月で退去するのはもったいなかったけれど、何ごとも思い立ったらとまらない私が、そこで思いとどまるはずもなかった。

父の転勤について回わりながら、初めて都民となった19歳。社会人になっても口うるさい両親から解放されたくて家を出て、柿の木坂のワンルームマンションで一人暮らしを始めたのが23歳のころ。でも一時が万事勝手がわからず、付き合っていた彼氏との別れをきっかけに3ヶ月ほどでおずおずと家に戻ってしまった。それでもやっぱり親との喧嘩は繰り返され、2年ほどでまた家を出た。今度は阿佐ヶ谷のロフト付きワンルーム。親も諦めたのか引越しを手伝ってくれた。当時の彼氏が稲毛に住んでいたのに、まったく方向違いのエリアを選んだあたり、考えてみるともう恋愛末期症状を迎えていたのかも。その証拠にこのあとすぐに、後にも先にもたった一度の不倫をしてしまった。もちろんそれ以降、今に至るまでに妻子持ちの男性とは無縁とまではいわないが、逢っているとき以外は相手のことなど思い出さなくても済むくらいの割り切り方がまだまだできずにいた当時の恋は、「好きになってしまったから仕方ない」と、あまりに他人事のようにいってのける不倫族と、なんら変わりのない熱病モードに陥っていた。
そうするうちに元ダンと出会う。が、出会ったときは彼も妻子持ちだった。前の彼のことで懲りていた私は、付き合うのなら離婚してくれと条件を出した。誰もがほぉーと感心するくらいの2枚目だ。どうせ離婚なんかしてくれるわけがない、カミサンとうまくいってないだ?不倫男の常套句だ―そうたかをくくっていたのだ。だけど、なんでも一辺倒にいかないのが恋愛の面白さだ。彼はあっというまに奥さんとの離婚をやってのけた。飲めない酒を飲んだ奥さんから、主人と別れなさいよと一度だけ電話をもらったけれど…。
そうしてめでたくゴールインした私は、芦花公園そばの静かな住宅街に新居を構えた。ところが2年もたたないうちに離婚。とにかく両親が買ってくれた嫁入り箪笥が収まることを条件に探し回り、元ダンから逃げるように引っ越した先が青梅街道沿いの荻窪のマンションだった。目の前に日産自動車の工場が広がっているため、6階とはいえベランダからの眺めは抜群で、何かというと屋上に上ってはビールを煽ったものだ。遅くまで走っている中央線もありがたかった。そこに結局10年もい続けてしまった。

こうして振り返ると、これまでの私の引越しはすべて恋愛の始まりと終わりが関係している。
荻窪に10年いる間には、その騒音問題や間取りの狭さ、もともとが古い建物だったことなどもあって何度引越しをしようと思ったか知れやしない。いくつかの恋が生まれ、終わりもした。でも結局腰が重かった。
きっと今度は本気の恋でもしないと引っ越せないんじゃないかなと、そんな風に思っていたらやっぱりそうだった。相方とGWに出会い、7月の終わりには船橋市民になっていたのだから。

次の引越しのきっかけが、相方との終わりじゃなければいいな。

| 未分類 | 14:43 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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特番ばかりの夜はつまらん

昨日は久し振りに早く帰って家でゆっくりできた。
TVは入れ替え時期お約束の特番一色。どれもさして心惹かれず、とりあえず鉄板神を決めるとかなんとかいってる「炎の料理人チャンプ決定戦」を観る。鉄板神…。ヘンな名前。鉄板料理の神様ってことか。もう少し言いようがあるんじゃないか。ゴロも悪いし。

で、例によってちっとも集中して観ていないからおぼろげではあるんだけど、焼そば対決の次に餃子対決があった。ここであの際コーポレーション中島がメニュー開発を任せている『紅虎餃子房』の男が登場。砂肝を入れた変わり餃子を作った。森久美子が流れ落ちる汗を拭いながら、「さっぱりしてておいしいですね~」と、かなり大げさに誉めている。…大したことないのかも。
すぐに判定のシーンに移り、6人中ひとりだけが落選する予選で、なんとその紅虎の男は落選してしまったのだ。観客席で腕組みをしていた中島社長は「彼にはまたこれからがんばってもらいます。ありがとうございました」なんていっている。
どうなんだ。
どこまでが仕込みなんだ。
あの飲食業界の風雲児、今や都内に200店舗の出店を誇る中島がここまでコケにされるとは、はっきりいってかなりびっくりした。まったくの裏なし真剣勝負だったのだろうか。
どうも最近のTV番組がどこか胡散臭くて、いちいち穿った目で見てしまっている私は、昨日もまたそんなことをチラチラと考えてしまっていた。

ところで鉄板神の前にやっていた『ウィーケストリンク』に小松政夫が出ていて、いちいち繰りだす懐かしいギャグに、いつもポーカーフェイスの司会の伊藤四朗があやうくノリそうになったのが、えらくおかしかった。
あの2人のギャグ。もう一度やってくれないかな。かなり好きなんだけど。

| 未分類 | 11:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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TVの時間延長はどこまで許されるのか

月、火と飲みが続いた。
昨日はお世話になっている社会保険労務士の先生のお招きで、新川のバーでご馳走になった。つまみもドリンクもすべて300円均一!前売りチケット制だから、お勘定は楽だ。3,000円分のチケットを買うと、11枚つづりになっていて、300円お得ってシステムになってるから、飲み残すとまたそれを消化しに来て、足りずにまた3,000円分買う…なんてことをやっているうちに常連になったという先生。プライベートにまで話しが及び、激白トークショーの様相を呈したお陰で、口は悪いが根は優しすぎるくらいに優しい人なんだぁーと、お付き合い5年目にして初めてその実像に触れた気がした夜だった。

踊りすぎによる骨盤の痛みを堪えつつ帰宅。朝もバタバタしたせいで、クラブにかぶっていったお手製のド派手テンガロンもリビングにほおりっ放し(この帽子、もう出番は二度とないような気がするんだけど、バラすのももったいない)。体脂肪計も袋に入ったまま。それを片付ける気力は今夜もない。昔はここまでだらしなくなかったんだが…。

さっさとシャワーを終えてTVのスイッチを入れると、なんだか『ナースのお仕事』風なドラマをやっている。でももう12時過ぎだ。なんかのパロディだろうとはなから思い込んでいたら、実は立派な『ナースのお仕事4・最終回』だったのだ。どうやらプロ野球がオシにオシてずれ込んでいるらしい。ったくまたプロ野球か。11:30からドラマやってどぉする!シリアスヘヴィーなラブロマンスものならまだしも、ドタバタ大騒ぎでもちっぴり感動と涙もあるあのドラマだ。最終回だから留守録してるファンだって多かろう…。そんなことを思いつつ、気が付いたら眠っていた。
そうして朝のニュースを見て、ちょっと納得。昨日巨人の優勝が決まったらしい。でも番組延長した阪神とのゲームではなんと巨人はサヨナラ負け。2位ヤクルトが中日に負けたことで優勝が決まったんだと。な~んにも興味がない人間からするとなんだかややこしいな。だったらナースの最終回を2時間半も遅らせることないじゃん。回線が混んでて取れなかったコールをあわせると、1万3000件もの問合せ&クレーム電話がフジに殺到したらしいし。なんやかんやとTV局にクレームを入れる人たちの心理が、今ひとつよくわからずにいたけれど、さすがに2時間半は無謀だ。だってあのドラマ自体2時間ものなんだもんな。どこまでお調子に乗るかね、プロ野球は。でもそれだけのクレームが出るあたり、もういつまでも野球中継ばかりが優先される時代も終わりに近いってことかもしれない。

今日も眠い一日だ。

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妖しいエリアの「おひさしぶりナイト」

1年ちょっと前まで船橋で飲み屋を経営していた友人が主催するパーティーが昨夜開かれ、参加した。その友人は、私と相方の出会いを演出してくれたいわば恩人であり、当時彼の店が船橋にあったからこそ相方との恋が実を結んだといえなくもない。そんな彼が、店を閉めて1年が過ぎ、久し振りに当時の常連を招いて旧交を温めようという主旨のパーティーだった。
私にとっては、1年半ぶりのクラブだ。ハコが小さいだけに、ちょっと踊ると酸欠に陥りかけ、なんだか情けなくなったりはしたが、開き直った人含め、みなそれぞれに盛り上がった風な感じだった。
…ただ、なんとなく、どことなく、なんだかうまく表現するのは難しいんだが、そのうまくいえない何かによって、神経のほんの一部分がちょとだけ、でもずっと緊張していた。
地下のその店に入ってしまえば、なんのことはないこじんまりしたクラブなんだけど、その店を一歩外にでると、そこに一種異様なムードが漂っていたからに違いないとは思うのだけど。

なぜならそこは『新宿2丁目』…。
言わずとしれた日本を代表する男の園である。いくら新宿で遊び回ろうと、ただの一度も足を運んだことがなかったその界隈。すぐそばにある公園は外灯もなく、しかしベンチやブランコや植え込みの脇に、男性が佇むシルエットが見えた。あるいは男性二人組みが顔を付きあわせるように語り合ったりしている。…妖し過ぎる。
まるで免疫のない飲んだくれ連中は、それこそお化け屋敷にでもきたような心持で、闇に目を凝らしてはその人たちを観察したりなんかしてしまった。いかんいかん。別に不思議はないのだ。それも愛、これも愛、たぶん愛、きっと愛なんだ。
しかし表通り沿いの明るい道にでても、ひとめでそうとわかる男性二人連れを見ると、どうしても好奇の視線を向けてしまう。その傾向は船橋あたりに着いても薄れず、男2人組みのいちいちが妖しく見えてしまうからたまらない。新宿2丁目症候群か。

家に帰り着いたのは12時過ぎ。3連休の最後を締めくくるイベントとしては、最悪にヘヴィーだ。ビンゴで当てた体重脂肪計を荷ほどく余裕もなく就寝。

主催、裏方のみなさん、本当にお疲れ様。ありがとうございました。

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賞賛と嘆き

貴乃花はよくやった。
5日目に2敗目を期し、横審の連中が引退宣告条件を下方修正するなんていうお騒がせを演じたけれど、初日から引退か返り咲きかを賭けて全身全霊で望んだ彼は、横審に対して感謝したであろうはずもなく、逆にブチ切れたのかもしれない。「馬鹿にすんなよ」だ。だからこそのそこからの9連勝だったのではないか。まぁどうあれすばらしい。なりふりかまわず限界に挑む姿はどんな時代でも人の心を惹きつけるものなのだ。

ところで今の日本がどんな時代なのかを象徴するような嘆かわしい話題が新聞で取り上げられていた。
小中学生が表面だけどんどん『大人化』しているのだという。この夏休みに都内大手美容整形外科でメスを使わない簡単二重整形手術、いわゆる『プチ整形』をうけた女子小中学生は81人にのぼり、昨年の40人の二倍を記録している。さらにこの年代向けの化粧品市場も活況とか。少し前までは、電車の中でマスカラを塗る高校生に呆れたものだけど、それがさらに若年化しているのだ。
年齢から考えて、ここに親の管理が及ばないはずがない。金銭的援助はもちろんだが、ものごとの良し悪しを言って聞かせる親が少ないのだ。若くてみずみずしい肌に、なぜ化粧が必要なのか。これからどんどんと変わっていく顔に、なぜ整形手術が必要なのか、親は自分の娘をどういう感覚で認識しているのか、まったく理解に苦しむ現象である。
私が完璧メイクのデビューを果たしたのは23歳くらいだった。なにしろべたつくファンデーションを塗るのが嫌で、せいぜい薄いアイシャドーと口紅を塗る程度だった。それでも先輩の女子社員には肌がきれいだと言われたものだ。若さに勝る美しさはないのだ。一重だった目元がひとりでに二重になったのもこの頃だ。顔は変わっていくものなのだ。
あの資生堂は、若年層向け化粧品を製造販売していない。若いうちの化粧は必要ないという判断だ。ものづくりにおいてのポリシーが垣間見える。私がその企業精神に愛想を尽かし、ひそかに非買行為を続けているあのK社はどうなんだろう。ここぞとばかりに躍起になっているのか、それとも資生堂の猿真似の挙句に『マネボ○』という情けないあだ名を頂戴しているだけに、ノータッチを決め込んでいるのか…。

最近の母親たちは、まるで友達みたいに仲がいい『友達親子』の意味を履き違えてはいないか。娘が周りに影響されて道を外れそうになったとき、ダメなものはダメだとその理由をきちんと説明して諭すことはできないのか。希望が通らないと逆切れするから、お友達と同じにしてあげないとかわいそうだからという甘やかしが、娘たちの非常識を助長しているのだ。自分が産み落としたひとりの人間に対する責任感があまりに希薄な気がしてならないし、その母親たちと自分の年代が近いと思うと、なんだか余計に腹が立って仕方がない。
感情が希薄な子。ジャンクフードにしかおいしさを感じない子。激やせする子。体を売ることに罪悪感がない子。タトゥーやピアスにのめりこむ刹那主義の子。人の痛みがわからない子。命の尊さを認識できていない子。公共と家の区別が付かない子。そして本来自然と身に付くはずの『親』への尊敬と、最小限でかつ一番身近である『家庭』というチームの暖かさを知らない子。
私の老後をこんな子供たちが担うのかと思うと実に恐ろしい。つくづく長生きは無用と思う。

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連休一日目のご近所ツアー

昨日ザ・ダイソーへいった。ひとりで上からしたまでじっくりと眺めて歩いたら2時間かかった。ここでモノを買うと、なぜか勝ち誇ったような気分になるから不思議だ。
「たった100エンでこんなものが買えた!」という思いがそうさせるのか。
戦利品はこんな感じだ。
お風呂のお湯が冷めるのを防ぐアルミシート、レジャー用ブルーシート(180m×180m)、ゴムの木製ターナー、オーガンジーのサシャ入りレモンポプリ、アイロンでできる裾上げテープ(120cm)×2、ベルクロテープ、プラスチック整理ケース(MO収納に)×2、針金でできた折りたたみかご(たまねぎなどの保存に)、S字フック(カーキ色2本入り)、流しの下整理用折りたたみ台。〆て1,200円なり。普通なら1、2品買えて上等な金額だ。不思議である。なぜこれで成り立っているのか。じゃあいったい他の商品の定価ってなんなのさ。いくらダイソーが製造と流通の革命児だっていったって、「ちょっとちょっとコレも100エンってどうなのよ」と、逆に商品の精度、安全性に疑問すら持ってしまいそうなほどの価格破壊だ。で、使っていても別にすぐ壊れるわけじゃなく、ちゃんとしている。キャンプ道具だって、かなりここで仕入れられると見た。次回キャンプ前にはまた来なければ。

その後ヨーカドーへ行こうと北口へ向かうと、軽快なリズムが・・・。駅ビルを出たところでアンデスのバンドが演奏をしていた。なんともここちいい。ギターと太鼓と笛の音があの独特の世界に誘う。コーラスも見事なハーモニー。奥さんに手を引かれたリハビリ歩行中の男性が立ち止まる。やっぱり音楽っていいよね、って気になる。私も思わず立ち止まって聞き入る。CDを売りつけに来るスタッフがちょっとうるさい。1枚3000円ってちょっと暴利じゃないのか?
3曲、4曲と演奏が続くうち、ふと振り向くと結構な人だかりになってきた。その割りに拍手の数があまりに少ないのが気に入らない。わざわざ遠い国から営業に来てんだよ。聞いてんだったら拍手くらいしなさいよ、船橋市民!
結局30分ほど聞き入って1000円札を寄付して立ち去った。
都合3時間半ものご近所ツアー。なかなかの充実であった。

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あんたたちに言われたかない

昨夜は久しぶりにボスとakiさんと飲んだ。珍しく、仕事よりもキャンプネタでまずは盛り上がった。その後話題は変わり、私の相方の話になった。
驚いたことに、ボスもakiさんも、『もしもオレがなおニンと付き合ったとしたら…』の妄想経験があるらしい。
しかもその妄想の結果、たどり着いた答えは『辛いものがある』だと。勝手な想像しておいてそう来るか。失礼千万ってこういうことだ。酒を差し引いたってまだまだ40なりたての私にいうには、あまりに不躾。こっちからお断りだ。挙句に相方はいいやつって図式になってるし。おいおいなんだかちょっとばかしおかしくはありませんか。男と女、なんだかんだいったって持ちつ持たれつなんだってば。あの人とはまったくかみ合わなくても、こっちの組み合わせならうまくいくわけだ。まるで相方がボランティアしているような言い方はいかがなものか。あんたたちには辛かろうが、相方にとっては辛いながらも楽しいふたりなわけ。余計なこをといってる暇があるんなら、そっちこそとっととベターハーフを見つけたら?・・・
そういいたいのをぐっと堪えながら、それでも久しぶりの3人のお酒は楽しかった。

昨日、うちのボスが初めてロト6を200円買って、1000円当てた。すごい!と、顔で笑ってみたものの、しょっちゅう相方と買ってて一度も当たらない私としては、なんだか理不尽を感じてしまった。
akiさんに、いつも200円しか買ってないというと思いっきり『そんなんで当たらないとか言っててもなぁー』と言われたけれど、それを相方にいうと彼は静かにこういった。
「ぼくはいつもなおと僕の誕生日を元にした番号で買ってるんだ。その番号で当たるってことに意味があるから、いつも番号は変えないし200円だけでいいんだよ」
天晴れなポリシーだ。ロマンチックの極みである。

今朝はとうとう大家さんちのジャングル庭に草刈チームが派遣されたらしく、チェーンソーのような騒音が朝ののどかさを切り裂いた。まだ9時前だ。いくら大家とはいえ、ちょっと無神経。
だから10時を待たずにジャングルは草原風に様変わりした。よちよちと草を乗り越え歩いていたあの子猫たちが来なくなるんじゃないかと、ちょっと心配になった。
明日あさっては雨らしい。今日もなんだか高曇り。最近の週末はことごとく天気が悪い。今日はのんびりしておこうかな。

| 未分類 | 17:24 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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BRUNO閉店に思う

私が唯一ひとりで飲みにいける店『E.O.BRUNO』が閉店した。
オーナーでありマスターの三谷さんの本業(彼は一級建築士である)が多忙を極め、草鞋を一足脱がざるを得なくなったわけだ。
BRUNOの前身である『BOX』が新宿厚生年金会館の隣りの古いビルの地下にできたのは、もう10年以上前だ。通っていた私が新妻だった記憶がある。鰻の寝床のように縦に長い店で、そのスペースにあわせた10Mはあろうかという黒くて長いテーブルに、マッキントッシュ風ハイバックチェアをずらりと並べたモダンなインテリアだった。その頃からマヤちゃんはそこにいて、三谷さんとの絶妙なコンビネーションを見せていた。
その後、店を今の場所に移してBRUNOができた。三谷さんらしいシンプルでシックでほんの少しスノッブな内装に、存在感のあるアンティークテーブルがよくあっていた。誰を連れて行っても「落ち着く」と気にいられたし、カテゴリーをこえた「旨いもの」ラインアップは飽きることがなかった。中でも三谷さん自身が毎日3時ごろから仕込む手作り餃子は試行錯誤の末看板メニューとなり、店名も堂々『ギョウザBAR』を名乗るに至る。
BRUNOの個性をもう一つ際立たせているのは、決して広いとはいえない店の壁面を使っての『ギャラリー』だった。カメラマン、イラストレーター、デザイナーなどに無料で個展スペースを提供したのだ。オープニングパーティーでもやって客を呼んでくれれば、特にレンタルスペース料なんていらないよ、というわけ。私の知り合いも何人か個展を開いた。壁面の額ひとつで、店の雰囲気がガラっと変わるおもしろさに感動したりもした。
だからBRUNOは客層がよかった。すぐ裏にはあの新宿2丁目がどっかりと控えているにもかかわらず妙な客はこなかったし、個展のお陰も手伝ってなにしろクリエイターが多かった。あそこで出会った人といっしょに仕事をしたことも何度かあった。あとは三谷さんがらみのゼネコン、建築家、出版社、ゴルフ関係などなど。客が客を呼んで音楽家もいたっけ…。
BRUNOで知り合った男と恋に落ちかけたこともあった。
何度かデートを繰り返し、その気になりかけたところで、すとーんとはしごをはずされた。悔し涙はもちろんBRUNOで流した。マヤちゃんがカウンターに出してくれた箱ティッシュを抱えて、これも彼女が出してくれたどんぶりが涙を含んだティッシュで山盛りになるまで泣いたらケロっと忘れられた。

私がまだ荻窪に住んでいた頃は、ときどき三谷さんの代理でカウンターに入ることがあった。仕事中に電話が入り『今日これない?』とオファーがあるのだ。今日の今日じゃ困るというと、遅くても前日に連絡がくるようになった。すかさず飲んだくれ連中に『今日ママやります』と連絡メールを送ると、何人かが駆けつけてくれ、私の拙いママ業を見守ってくれたのだ。船橋に越してからは、時間的に厳しいことも会ってオファーはなくなった。閉店せざるを得ない状況を思うと、店やらない?と何度か冗談まじりにいわれたのは、まんざらまったくの冗談じゃなかったのかもしれない。なにしろ残念だ。遠くなったのを理由に、すっかり足が遠のいていたことも、悔やまれる。

ひとりで飲みにいける店がなくなってしまった、ということだけじゃなく、慣れ親しんだ店がなくなるというのがこんなに寂しいものだとは思ってもみなかった。これからは三谷さんに会うのも、いちいち約束をして、場所を決めてという手順をふまなくてはならなくなった。ちょっと飲み会やる?ってときも、店探しをしなくてはならない。
やれやれ。
脱サラして飲食店やってくれる人、いないだろうか…。

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北朝鮮の大罪

とっても久し振りの秋晴れ。
気持ちよさに誘われて、しばし家のベランダに出てコーヒーを飲んでいたら、向かいの大家さんのジャングルのような庭で、トンボが戯れていた。そこへひらひらとアゲハもやってきて、このままじっと眺めていられたらいいのにと思いながら、それでも出かける仕度を始めた。つけっ放しにしたTVからは、始めてみるような厳しい表情で金総書記と握手を交わす小泉首相と、拉致された人の家族の会見の様子がなんどもリピートされていた。

今日は日朝首脳会談の話題を避けては通れない。『まさか』が現実となって知らされ、関係者はもとより日本中が騒然となった。
25年間とひとくちにいっても、拉致された親族にとっては我々の想像を絶するほどのあまりに長い時間だと思う。拉致当初は誘拐なのか、事故なのか、それこそ神隠しなのか、忽然と消えてしまった家族に対するやり場のない不安、それが北朝鮮による拉致であることが判明し、しかしながら事実公開や救済に本腰を入れない政府に対する焦りと憤り…。
そんな憤懣やるかたない思いを20年以上も抱きつづけての、昨日の『消息の報告』だ。残酷としかいいようがない。

でも、これまでたどり着けなかった情報公開を実現させたこと、金総書記に『おわびしたい』と言わしめたこと(拉致された人たちの家族に対して、という感は薄かったが)、例えそれが北朝鮮背水の陣打開のための策だとしても、小泉総理の今回の訪朝は評価されてもいいように思う。
少しでも早く実態を伝えようとした外務省。詳細なくして死亡だけを伝えられても信じようがないという遺族。どちらの気持ちもわかる。
先頭を切るもの、被害者、見守る国民…。みなそれぞれに思いがあり、見方が違う。歴史を動かす起爆剤ともいえる問題だけに、非常に難しい。
でも『拉致問題の解決なくして国交正常化はあり得ない』という小泉首相の事前の発言があったけれど、8名もの死者が出たという事実を突きつけられた今、いったいその『解決』は、どういう状態を指すのだろう。
ずっと犯行を否認していた誘拐犯がSWATに包囲されて、「わかったよ、白状するから命だけは助けてよ」と自白を始めたら、なんと大量殺人を犯していた…。そういうことなわけだ。実刑は免れないし、犯人の人生は終わったも同然なのだ。
人と国家のスケールの違いはあるにしても、道理からいけばもう北朝鮮は日本のみならず、世界に対して顔向けできない、とんでもない凶悪犯であるといわれてもおかしくないのだ。つまり拉致問題はもう円満解決の道は絶たれてしまったようなものである。だからといって、誘拐犯人のように罪を償わせることも制裁を加えることもできないのだ。ここから先は日本側が『いいほうに解釈する』姿勢をとらない限り、交渉は進まない。それは結果的に北朝鮮に対する日本の憤りを煽ることになりはしないか。そう考えると、本当の意味での拉致問題解決、ひいては国交正常化への道のりがとんでもなく遠いところの話しのように思えて仕方がない。

東京に家族で引っ越してきたばかりの10代の終わりごろ、彼氏と御宿に海水浴にいってくるといった私に、母は呆れるほど反対した。最近、誘拐されている人たちがいるんだと、それも女子供だけじゃなく、大の大人のカップルがさらわれているんだと、危ないからやめなさいと烈火のごとく異常なほどのテンションで止められたのだった。
何を興奮しているんだろう、誰もいない海じゃあるまいし、いくらでも逃げられるし、助けを呼べるんだからと結局出かけてしまったけれど、あの時母の心の中にはまさにこの『北朝鮮による拉致』の恐怖が巣食っていたのだと、最近になってよく思い出す。思い出すと同時に、誰にでも起こり得る不幸だったのだと思うと、被害者の人たちの痛みがさらに強烈に胸を打つ。

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素人のカメラ慣れ度

昨日のSMA×SMA。
以前もやってたけど、キムタクが一般、業界取り混ぜた『同学年』たちとガップリ四つで対談する特番だった。飯島愛、りょう、深津絵里などなどの芸能人のほか、料理人や主婦、雪駄職人なんて人も登場。同じ時代に生まれながら、まったく違った道をそれぞれが歩んでいるという点ではおもしろい企画だ。
キムタクの『素』が盛り沢山(TV出演している以上100%の『素』ってことはありえないけど)だし、ファンにはたまらない1時間だったろう。ちなみに私のキムタク熱は知らないうちにずんずん下がってしまっていた。なにしろ昨日も番組途中でうたた寝してしまって、気が付いたときにはもう番組が終わってたんだから。

今日の私の『もの申す』ターゲットは、そこに出演していた一般人である。みんな揃いも揃って気負いがない。それこそ『素?』丸出し?な感じなのだ。鏡張りのますます落ち着かないスタジオセットの中に、キムタクと向かい合って座っているのに。当然テレビカメラが回っていて、全国に一挙手一投足、一言一句がオンエアされるっていうのに。あの人達の落ち着きようっていったいなに?なんで?仕込みか?やらせか?(もちろんオーディション的なもんはあっただろうけど)
なんだかそんなことばかりが気になって、肝心の話の中身がちっとも頭に残っていない。最近の素人たちって本当にあんなにカメラ慣れしてるんだろうか。まるで飲み屋でたまたま隣りに居合わせた人と世間話するように、いかにも本音をすらすらと語っているように見えちゃうんだけど、台本があるにしたってだよ、あーすらすら言えるもんかね…。アタシにゃできないね。アガっちゃって。しどろもどろで頭真っ白。終わってキムタクと握手するのも忘れて帰ってきそうだよ。
で、中でも前回に次ぐ出演を果たした新妻はすごかった。もうタメ口なんか当たり前。しょっぱなからフリップに『お祝い ちょ~だい!』だからね。なんでも本人曰く撮りの前日に結婚したとかで、もちろんその『お祝い』なわけだ。ベラベラとしゃべりながら、落ち着きないことこの上なく、正面に座ったキムタクからはスカートの中がチラチラ見えるらしく、「結婚したんならパンツみせんなよ」と一喝される始末。なんだかなー。ここまで寛がれるとすべてが作りもののような気がしてしまう。いいのか?キムタク的に。

それにしてもだ。キムタクはどうもかつての吸い込まれるような魅力が感じられなかった(オフィスのデスク周りが全部キムタクだったころ、彼の造作が美しいとさえ思った時期があったしな)。あのモンチッチアレンジのヘアスタイルで登場して周りが噴出さないのは、キムタクとモンチッチ本人だけだと思うし、あのヘアスタイルをやり倒すだけの(洋服を『着倒す』というのなら、ヘアスタイルはとりあえず『やり倒す』といっておくか。なんか妙な響きもあるけど)キムタクバリューはまだ存在するんだろうけど、でもなんだか落ち着いちゃったな、キムタク。あれでもパパだから、落ち着いてもらっていいんだけど、落ち着くと同時に私の彼に対する興味が失せたのを思うと、そろそろ次のステップへシフトアップしたほうがいいんでないかい?って気がする。まっ、人んちのダンナ捕まえて人生進路指導してる場合じゃないんだがな。

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早すぎる秋

寒い。
まるで氷雨だ。
キャンプのお疲れ休み兼お道具メンテ日にしようと最初から決めてはいたけれど、寒さといい雨といい、まったくツカエナイ一日だ。
日本中をげんなりさせたあの酷暑はいったいどこに行ってしまったんだろうと思うほどの寒さだ。確か1ヶ月前は、まだかなり暑かったはず。扇風機が妙に寒々しく思えて、慌てて収納したついでに、早々とパネルヒーターを出してしまった。
北海道の冬の始まりは、雪虫が舞って知らせてくれる。雪虫を見たら一週間以内に雪が降るのだ。そんなロマンチックなお知らせがない関東では、知らず知らずに冬が来る。こんなに急激に気温が下がると、気分は一気に晩秋までいってしまいそうだ。過ごしやすい気温の気持ちよさを通り越して、妙な焦りさえ感じてしまう。
今年の暖房対策は?秋冬衣類の入れ替えは?…

しかしながら、季節が巡ることはどこか楽しい。代わり映えのない、オフィスと家の伝書鳩生活的毎日にかろうじて変化をつけてくれるのは、季節の変化による風や空の按配だったりするのだ。こう寒いと、明日はあのジャケットを着ていこうだの、もうブーツでもおかしくないだの、口紅はぼちぼちぶどう色もいいかな、なんていうことを考えることがつまりは楽しいってことだけなのかもしれないとしてもだ。

『北の国から』に触発されたってわけじゃないが、黒姫別荘オーナーが言い出した、豪雪時期の別荘ステイ計画に結構心奪われている。飲んだくれ連中のクルマでは、到底たどり着けないことはわかりきっているが、久しぶりに銀世界へ行ってみたくなったのだ。寒がりの相方は絶対首を縦に振りそうもないし…、でもだからといって諦めるのもなんだか馬鹿らしい。こっそり企画してしまおうかな。

今日も貴乃花は快勝。
あのベビーフェイスのどこに凄まじい闘志が隠れているのか。大したもんだ。森ちゃんは昨日我々がタープの下で飲んだくれているころ、中日を国技館で観戦したらしい。下手すりゃもう貴乃花見納めかもしれないしね。うらやましいなぁ。

| 未分類 | 20:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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印旛沼は雨だった

パチパチと雨粒がテントを叩く音で目が覚めた。案の定、雨模様の朝だ。気温もかなり下がっている。

朝食後、費用の清算。
昨日の夕食、今朝の朝食、お酒、キャンプ場使用量含めひとりあたり4,070円なり。最近にないナイスなコストパフォーマンスだ。ボスは思わず「安いよなぁ」とつぶやく。伊豆あたりのホテルにまともに家族3人泊まったら6万はかかるもんな…とも。一念発起で買い込んだキャンプ道具が、このまましまい込まれることはなさそうだ。よかったよかった。

でも今日の雨。テント撤収の時だけは嫌になった。雨と泥との戦いで、服も足元も汚れるし、うまくたためず納まるはずのケースに入らない。参ったね。こんなことは初めてだったので、これもいい経験。

帰宅後、キャンプに参加していたアワワから借りた「北の国から・遺言後編」を一週間遅れで観る。やっぱり続けて観たかった。なんだか感動薄…。泣けたけど。
ただあの『トド』が生還してドンちゃん騒ぎで盛り上がるシーンはどう観ても唐ワールドだわ。紫テント張りますか?みたいな強烈なカラーだ。倉本さんは唐さんに『好きなようにやってください』っていっちゃったんだろうか。そんなことさえ想像させるシーンだった。

明日も雨。
洗って干したテントも乾きそうにない。
タープの下で過ごす雨のキャンプも決して悪くないし、返ってオツだったりするけど、後片付けとメンテナンスを思うとやっぱりちょっと雨は憂鬱。

| 未分類 | 21:53 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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微熱

印旛沼キャンプ1日目。
11月、那珂川で予定しているカヌーキャンプにうちのボスファミリーが参加することになり、その『お試し』ということで安近短、かつ我々が去年の秋も行って勝手がわかている印旛沼ファミリーオートキャンプ場へ行くことになった。
キャンプがはじめただったボスは、デビューに向けて家族3人プラス芝犬モモちゃん用にテント、チェア、シュラフなど基本機材を買い込み、かなり罪滅ぼしな香りのする家族サービスイベントとなったのだ。

そんなわけで、新鮮な顔ぶれのキャンプであったのだが、9月生まれ3人衆のお祝いあり、ダッチオーブンのデビューあり、さらに先日買ったテントの初おろしと楽しい1日だった。空は一日中どんよりとしていて、とうとうお日様を拝むこともできなかったけれど、心配した雨に降られることもなかった。

ところで。
昨日オフィスにいるときから、体の節々がちょっといたくてだるかったんだが、帰宅後検温すると7.1℃。風邪の症状もない。食欲がないので、あたたかいお蕎麦を作って食べて、10時には早々と床に付いたのに寝付けない。午前零時を回って立て続いたバースデーコールとメールにも、気の利いたレスができない。結局午前4時ごろまで7.3℃あたりを上下していた。体は痛いわ、汗をかくわでろくに眠れないまま迎えた朝8時。やっと6度代へ。平熱35.6℃の人間にとってはそれでもちょっとイヤな感じ。キャンプへ遅れてでも医者へ寄って行くか迷ったけれど、解熱剤を飲むにも至らない微熱じゃあ症状を説明するのもなんだか間抜けっぽい。

夜、相方がこっそり予約の手配をしていてくれた絶品ケーキをほおばりながら、昨夜からの微熱のことを思い出した。病院に行きもしないですっかり熱は下がったけれど、あれはなんだったんだろう。翌日の遠足が楽しみで熱をだす、まるで幼稚園児みたいじゃないか。
印象深い誕生日になったことは確かなんだけど・・・。

| 未分類 | 21:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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バースデー・イブに思うこと

13日の金曜日だ。
同名の映画がはやっていたころは、実際に13日の金曜日が来ると、いちいちなんでも『不気味もの』に結びつけてはおもしろがる風潮があったけど、最近じゃそんなこと誰も気にしやしない。ブームってそんなもんだ。

さて。
嬉しいっていうのとはちょっと違うけど、感慨深いものはある。
でも危機感はてんこ盛りだし、絶望感もある。
ひとことでいっちゃうと、もう1年かい!?というのが一番ぴったりだと思うけど、明日は私の41回目の誕生日だ。あんぐりだ。
よくも41年もこの調子で生きてこれたもんだと思う。
強情だし突飛だし、ファジーなくせに時々凝り性。自分にも甘かないけど、人にはもっと厳しい。思いやりが厳しさにしかとってもらえないし、まったく不器用だ。もっと優しくなりなさいと、呪文のように言っていた母に申し訳ない。

ここまで平穏無事にやってこれたのは、ひとえに友人、知人の寛大さのお陰としかいいようがない。ありがたい。

さすがの私も歳とともに、徐々に『普通』に成り下がりつつある。いいことだという人もいれば、つまらないという人もいて、まぁ自分としては何も意識してないので、どうにもならない。

誕生日はこの世に生を受けたことを両親に感謝する日だと、何かで読んだことがある。確かに。
私の場合は、今年も無事に誕生日を迎えられることを、周囲のみんなに対しても人一倍感謝しなくてはいけない。
だから私は毎年、『もう嬉しいとか言ってるような歳じゃないから』などといって、自分ひとりだけのもののように誕生日をしまい込んだりはしない。私を支えてくれているみんなと共にドンチャン騒ぎに徹するのだ。彼氏がいたって、ふたりでしっとりの誕生日…なんていうパターンは私らしくないような気がして物足りないのである。

記憶にある限り、明日は初めて雨で向かえる誕生日だ。
ひょっとすると、晴れ女神通力効力期限の証しなのかもしれない。

| 未分類 | 12:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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子猫とホームレス

ミャーウ、ミャーウという子猫、それもとびきり生まれたての赤ちゃん猫の鳴き声で目が覚めた。
急いでベランダから外をみたけれど姿はない。声は、年に一回しか手入れをしない向かいの大家さんちのジャンルのような庭の茂みから聞こえてくる。
見つけたからってどうするわけでも、どうできるわけでもない。でもひと目見てみたい…。
会社へ向かうため家をでると、大家さんちの庭との境の塀の脇に、まさにその声の主がいた。小さえ小さいその子猫はミャーウと一声鳴いたきり、じっとそこに佇んでいる。思わずそっと首根っこをつかんでも抵抗もしない。まだ目が見えていないんだろうか。片手にもあまるほどのサイズ。ほわっと暖かい。
家に戻って夜勤明けだった相方に、見て見て!っと見せる。
連れてきちゃだめだよといいつつも、いとおしそうに眺めている。
犬猫のハンサム度にはうるさい相方から見ても、かなりの高得点を得そうな美人子猫だ。
そのまま飼っちゃいたい気持ちをなんとか押しとどめて、もとの場所に子猫を返した。すぐに茂みの中に消えていったのを見て少し安心。後を追ってこられでもしたら、もう離れられなくなる。
左手にポワっと乗ったあの重みと感触が当分忘れられそうにない。

昼前。
オフィスから外へ出ると、出口の真正面の壁にこのあたりで時々見かけるホームレスが座り込んでいた。黒のシャツに、股が破れているのかすでにスカートと化した黒のボトム。コムサも真っ青な全身黒づくめ。akiさん的には『凛々しい』その顔は黒く日焼けし、ある意味精悍。汚れも手伝ってんだろうけど。誰と目をあわすでもない虚ろな目が、今日も空を泳いでいる。

子猫とホームレス。
カップリングとしてはありえなくない絵だけど、やさしい気持ちになったり、『けっ!』と逃げ出したくなったり、今日は朝から忙しい。
ホームレスで思い出したけど、あのワールドトレードセンターには、ろくに手続きもせずに就労していた外国人が何人もいたという話を事故直後に記事で読んだ覚えがある。飲食店のキッチンや、オフィスのメールボーイ係りに、うまいこと潜りこんでいた連中がいたっておかしくない。なんてったってそこは人種の坩堝、NY。であるがゆえ、被害者リストに彼らの名前は上がってこない。遺族だって、自分の身内がそこで亡くなったことすら知らずにいるかもしれない。切ない。

| 未分類 | 12:55 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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世界平和ってなんなのさ

NYテロから丸一年。メディアは一年経過の早さとともに、現場の様子を躍起になって伝えている。今夜9時からは、特番も組まれている。
日本にとって8.9の長崎原爆の日がそうであるように、米国でもこの9.11が未来永劫『平和への祈り』の日になったのだ。8.9をあの日にした張本人アメリカの『平和への祈り』の日が、原爆投下から半世紀以上もたってからできたわけだ。皮肉といえば皮肉だ。

ところで、NYテロから1年経ってもアメリカとアラブ諸国との関係は一向に改善されない。それどころか、アルカイダは次のテロさえ目論んでいるかのような気配を漂わせていて、アメリカはテロ警戒レベルを上げざるを得なくなっているし、フセイン打倒のためのイラク武力攻撃準備はブッシュ指揮のもと加速度を増している。
世界平和のための国民犠牲?じゃあそれで終わらなかったらそれこそまた一般市民が巻き添え?それはもう運が悪いなんて言葉じゃ済まされないただの犬死だ。鶏かたまごか、ある意味永遠のいたちごっこ状態に陥っている気がするのは私だけだろうか。

世界平和っていったいなんだろう。日本が終戦した後も、世界のどこかで常に戦争は起こりつづけているのだ。すべての争いごとがなくなったパラダイスな世界を、我々はまだ体験したことがない。
戦争が起きていないにもかかわらず、今の日本では毎日何人もの人が殺し殺されている。心を病む人の数は年々増え、毎日信じられない量の食べ物が作られ廃棄されているのに、若者は偏食で激ヤセしている。職や家を失う人も年々増加し、企業リストラは子供の学費や給食代を払えない家庭を生み出している。
『世界平和』と『生きとし生けるもの幸せ』。本来は同じ軸のうえに見通せるもののはずなのに、まるで違う事柄のようにしか思えないのが、なんだか不思議だ。本当に世界各国首脳は、純粋な平和を望んでいるんだろうか。国家勢力を競う挙句のお山の大将外交が世界不協和音の原因であるならば、きっといつまでたっても世の中は今とさして変わらないままに違いない。

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ドラマの中のもうひとつのドラマ

偶然。奇遇。
神様のいたずらなんて言い方もしたりするけれど、時として、本当に神様が手を加えたとしかいいようのないような偶然が起きることがある。

『北の国から・遺言』は、まさにその偶然が重なっていた。重なったことで、ドラマというフィクションにあたかも実話であるかのような深みが生まれていた。

地井武男演じる中畑のおじさんにはモデルがいた。富良野で製材所を経営する仲世古さんという人だ。仲世古さんはこの最終回の撮影が始まる半年前に、奥さんを癌で亡くしている。この脚本は奥さんへの鎮魂歌の意味が込められていた。そうして皮肉なことに、地井がこの最終回の出演交渉を受けたとき、地井本人の奥さんが癌と戦っていたのだ。地井が当初、出演を拒んだのはいうまでもない。闘病中の奥さんを置いて、長いロケに出かける不安もさることながら、あまりにリアリティを帯びてしまいそうな役どころをこなすことに対して抱いた恐れは、想像に余りある。
けれど彼の背中を押したのは、奥さんの励ましだった。仲世古さんの奥さんに対する鎮魂を込めて演じてほしいという奥さんの言葉で、地井は出演を決めたのだった。
結局撮りが始まる3ヶ月前に、地井の奥さんはあっけなく他界する。
ロケ中に亡くなって仕事に支障をきたさないようにという、奥さんの気遣いのように受け取れなくもない。そうして撮影が進み、女房の癌が再発し、もう長くはないということを五郎に告白するシーンで、地井は現実へとどっぷりと引き戻される。台詞の途中から泣くはずが、スタンバイの時点からもう涙が止まらない。地井が落ち着くのを固唾を呑んで待つスタッフ、そして五郎。地井本人が恐らくは一番危惧したシーンであり、その不安は的中したのだ。いくら抑えようとしても抑えられない激情が、とめどない涙となって地井の頬を濡らす。シナリオ通り演じることが無理と判断した地井は、結局そのまま演技に入った。ゆえにそれは演技を超えた、まさに体の奥から絞りだされるような、観るものの心を揺さぶる涙だった。最終回の中で、私が一番泣けたシーンだったのは当たり前である。

昨夜オンエアされた『ドキュメンタリー 北の国からの真実』を観た人は多いだろうから、これ以外にも山とあるエピソードをいまさらいうまでもないけれど、多くのスタッフとキャストのこだわりと、魂が込められたからこそ生まれた『真実』は、最終回を迎えてもなお、永遠に語り継がれるその人気を裏打ちしている。
名残惜しい人、もっと知りたい人は、ここへ行ってみるのいいいだろう。

http://www.kitanokunikara.net/

私はずいぶんと時間が経ってから、富良野に、麓郷に、もう一度いってみようと思う。

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クリムトからのエール

昨日は早く起きちゃったから…、今朝はもう少し眠りたい…、10時までいいよね…zzzzzz…。
そう思ってびっくりして時計をみた。6時50分。目覚ましまでにはあと10分ある。
何をトンチンカンなことを妄想しているのか。今日はもう月曜だ。
土日ともまったりと過ごしたはずなのに、なんだか体が気だるい。
いかんなー。なんだか自分でも己の覇気のなさを見てみぬふりしているようなところがある…。

以前2ヶ月ほど失業してプーモードの生活をしていたとき、日ごとに就寝時間が遅くなり、朝は昼近くまでゴロゴロとした生活をしていたことがあった。思うような就職先が見つからず、とりあえずと面接を受けては落ち、食いつぶしつつある手持ちのお金を想っては気持ちが沈み、少し前に喰らった失恋の傷口は余計に疼いた。何かしていないと気が狂うのではないかと思い、何ヶ月か前に見て惚れこんだクリムトの「接吻」の3000ピースジグソーパズルに没頭した。きっとそのうち、こんな風にいとおしく愛してくれる男を見つけてやる!このまま福岡へなんか帰ってなるものか…。なけなしのお金をはたいて額まで買って、狭い部屋には不相応な立派なジグソーが出来上がっていくらもしないうちに、次の仕事が決まった。そんな情念がこもった私のクリムトは、当時よりもかなり広くなった部屋で今でも私を見守っている。引越しで男性の頭のてっぺんの1ピースが欠落たお陰で、まるで禿げたように見えるのがなんとも情けなくはあるけれど。

そう。
最悪の時を知っているクリムトに見咎められないように、ファイト一発気合を入れねば。がんばれ。がんばろう!
クリムト

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ことごとくすんなりいかない日

今朝は明日の引き落しに備えて、UFJから三井住友に資金移動する必要があった。八重洲口を歩いていたら、日本橋方向にUFJカラーの看板が見えたので、茅場町のCDコーナーへ行くよりも近いと思って行ってみた。でもなんてこった!そこは『UFJ信託銀行』…。そっくり同じ看板にしないでよ。まぎわらしいことこの上ない。遠くからでも判別できる工夫はないのか?…
仕方ないから右に折れて茅場町方面へ歩き、結局は遠回りすることになっちゃったとひとり毒付く。朝からいい運動だよ、まったく。
茅場町のUFJで待つことなくお金を引き出し、向かい側の三井住友へ。んがしかし、CDコーナーから溢れんばかりに人が並んでいる。4台あるCD機のうち、2機が取引中止になっていて、もう1機は操作していたのであろう客が備え付けの電話に向かって怒鳴っている。まともに作動しているのは1機のみ。なんだかなー。怒鳴っているのは役付きでもおかしくない60歳くらいの男性。マシンの不具合に立腹なのは見て取れるけど、でもなんだか怒りかたに迫力がない。1時間後に再び来てくれと、とんでもないことをいわれている(らしい)のに、じゃあその時にここに誰が来てくれるのかと、そのことばかりに執着している様子。わけわかんない。それよりも自分も同じ憂き目に遭ってしまったら参っちゃうなってことが頭を過ぎる。1機しかないまともなマシンが私の番でトラブっちゃったら頭に来る以上に、後ろに延々と続く人たちに申し訳かなろう。いやもちろん私の操作のせいでトラブるはずはないんだが、そのマシンが止まったと察知した瞬間に、彼らが思うに違いない「ったく勘弁してくれよ」な感情は、三井住友のみならず、私にだってほんの少しはぶつけたくなるはずだ。
なんだか結構な緊張を強いられながら、無事「お預入れ」を終えたとき、やっと他の2機が稼動し始めた。っちぇっ!
降りだした霧雨に濡れながらオフィスに着いたときには額に薄っすら汗をかいていた。もう暑くもないのにな…。

オフィスについてから、今朝から始まった日本代表VSジャマイカ戦の先行予約を試みた。…なんどやってもサーバーエラーの表示が…。混んでるってこと?ワケわかんない表示されてもね。
いかんな。今日は準厄日って感じだ。

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それぞれの『北の国から』

今朝、母に電話を入れた。
誕生祝いを含む諸々が、昨日母から届いたからだ。
添えてあった手紙の話し…
父がとうとうVAIOを買って、インターネットデビューすること、祖母が宅老所に入ってからの生活の変化、洋裁デビュー後遅々として進まない私の作品製作へのアドバイスなどなど、久しぶりに長電話する。
『北の国から』は観てた?と聞くと、もちろん観てたとのこと。なんだかうちの家族とどこか似てるわよね、なんて母がいう。いつまでたっても情けない不肖の娘、息子のことか…?
『北の国から』が連続ドラマとして始まったころ、私たちは4年間の札幌での生活を終え、名古屋で暮らしていた。たどたどしい純の語りといい、どこを切り取ってもまるで絵のような懐かしい北の風景といい、我が家では家族揃って楽しめる数少ない番組だったような記憶がある。
純や蛍や正吉が成長し、五郎や中畑のおじさんや雪子おばさんが歳をとってきたのと同じように、我が家でも時が流れたことを思うと、感慨深いものがある。子の世代、親の世代それぞれがそれぞれの視点で感動してしまう、そういう力、そういう凄さがあのドラマには凝縮されているのだ。

そんなことを言っている割に、昨日は酔っていたこともあって、ろくすっぽ集中して観ていないのだ。嫌な予感がして、直前にビデオ録画をオーダーしたアワワから来週テープを借りるまで、最後の感動はお預けなのだ。ちょっとダサいやね。

それはそうと、今日はダッチオーブンのシーズニング第一弾ってことで、蓋の慣らしに挑戦した。案の定、部屋には煙臭さがこもったけれど、焼きを繰り返すごとに深くなっていく鉄の渋みがなんともイイ感じ。本体はキャンプ場でやるとしよう。何しろ来週は晴れますように。

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雨と宇多田に打たれた日

いっそ天気予報なんてもんがもともとなければ、空を見、風を聞き、湿り気を体感しながら、その日一日の天気予報くらいアナライズできる能力が発達したんだろうに。現にそうやって自然と対話しながら生活している人たちはまだまだ存在するんだし。

昨日の雨をひきずって、今朝も朝からどんよりとしていた。
でも天気予報によると、降水確率は20%。降ったところでたが知れていると、誰だって思うだろう。私だってそう思ったさ。だから傘もカッパも持たずに、ららぽーとから津田沼界隈をぐるっと巡ってお買い物をしたのだ。
夜、津田沼のり平宅で『北の国から・遺言』を見終わり、帰ろうとしてたまげたね。半端ない雨だったんだ。
傘を借りて船橋駅にたどり着いた時は、雨脚はさらに激しさを増して、稲光はするわ、遠くで雷鳴とどろくは、なんかもう酔いも手伝って半べそ。おニューのバックスキンのショルダーバッグが、試行錯誤の末、濡れずに済んだことがせめてもの救いって感じ。どこが「20%」だったのさ。酔いも醒めるって。

宇多田ヒカル嫁入り。
ただでさえ刺激が多いあの業界にいれば、人一倍価値観はめまぐるしく変化するはず。なのにもう、生涯の伴侶を決めてしまったわけだ。無謀。浅はか。勝手ながらそう思わずにはいられない。旦那の実家が長者番付の上位に名を連ねてるってところも、なんだかあらぬ憶測を呼びそう。金のあるところには、金が集まるんだね。まぁなんでもいいんだけど。記録更新が十八番だからって、スピード離婚の記録まで塗り替える必要はないからねっていっとくか。

しかしなんだね。掴み取る女っていうのかな。なんでも手に入れてしまえって風には見えないけど、才能、金、名誉…んでもって家庭の温もりっていうか永遠の愛ですか、そこまで欲しいわけだよね。工藤静香、松嶋菜々子、黒木瞳などなどには、飽くなき『幸』への貪欲さみたいなもんを感じてしまうわ。魅力的なんだから、嫁に行くのも苦労しないんでしょうけど、何にもないからせめて質素でも暖かな家庭を持ちたい…って思いながら悶々としている凡人を尻目にとっとと嫁入りされちゃうと、自分はいちいち『脇役』な人間だよなって、漠然とした劣等感を感じちゃいますよね。
彼女らの『勝ちに行く』度みたいなもんが、運を呼び寄せるってことなのかな。
簡単にいっちゃえば、ある意味羨望を通り越したやっかみ?だったりして。あぁやだやだ。みっともない。

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「北の国から」が終わる理由

ここのところフジテレビは「北の国から」一色だ。番宣CMはもちろん、ワイドショーにもキャストがゲスト出演。同じような質問を繰り返し聞かれる彼らもかわいそうだ。昨日のとんねるずの番組では、昔の「北の国から」パロディーが再放送されていたし、そりゃそうだよね、20年ものロングランドラマがとうとう終焉を迎えるのだ。ここぞとばかりに視聴率アップを狙うのは当然だ。
「北の国から」が終わる理由は、スタッフが定年などで徐々に抜けていってしまうことに寄るところが大きいらしい。俳優が廃れていくほうが先だと思っていたから、これはちょっと意外。…廃れるっていっていいのかどうかわからないけど、あれでしかお目にかかれない人だっていやしないか?吉岡くんもちょこっと映画に出ていたけれどドラマには出ないし、そもそも田中邦衛自体がもう黒板五郎以外の何者でもなくなっている。かつて何かの番組で見かけた彼は、上から下まで黒ずくめで、ピッタリとした短めのパンツが独特でしかも似合っていた。スタイリッシュとはいえないまでも、綿入りドカジャンに特長(「とくなが」と読みます。北海道では膝近くまである長靴のことをこう呼びます)がこうも板についてしまった今となっては、スリムパンツが似合っていた田中邦衛はもう誰も知らないどこかへ行ってしまったような気にさえなってしまうから役者って大変だ。今は亡き渥美清がトラさんのまま永遠にいなくなったのを思うと、田中邦衛にとっても、もうここらへんで黒板五郎を卒業して、田中邦衛に戻っておいたほうがいいのかもしれない。
またスタッフ連中それぞれにとっても、俳優ほどの危機感があるはずないけれど、20年も携わっていれば「あの人じゃなきゃ!」なライフワーク的年中行事になってきていたんだろうし、そうそう後釜にバトンタッチできるもんでもないんだろう。ここは俺が!、これはあいつが!な固有すぎる適材適所が形成されているに違いない。

「あの人じゃなきゃ!」で思うんだけど、一般的にサラリーマンの仕事なんぞは、その人じゃなくっちゃダメだってことなんてないと思っている人が多い気がする。
「その仕事は他の人でもできるでけど、この子の父親はあなたしかいないのよっ!」なんていう、その男のハートをググっと抉って改心させるシーンの決め台詞に見られる「仕事は他の人でもできる」という発想は、はっきりいって間違っている。
強いていえば仕事の内容に寄るってところもあるけれど、人がロボットじゃない限り、まったく同じように仕事をすることなどできないのだ。そもそも替わりの人間を使ったとしても、前任者の歴史に並ぶまでにそれなりの時間がかかる。同じMacを与えたとしたって、上がりがミリ単位で同じなんてことはありえない。後任者がずば抜けた才能の持ち主で、前任者を遥かに凌ぐパフォーマンスを見せましたって場合はもうこの際置いといて、「この子の父親はあなたしかいない」っていう紛れもないんであろう事実は除けておいて、そうした上で、仕事にも癖とか慣れとか、場合によっては熟練とかいっちゃうその人ならではの仕事のいたし方があるってことを声を大にしていいたいわけだ。そういったドラマで自己満足としか思えない妙ちきりんな決め台詞を書く脚本家とか、仕事漬けでちっとも子供のことをかまっていない夫に愚痴る専業主婦とかに。

であるが故に、Mac仕事でさえ人によってデキが違うんだから、「北の国から」のスタッフが欠けていくことによってあのドラマが終わってしまうっていうのは、田中邦衛の俳優品質云々は別としてなるほどねなわけだ。ちょっと屁理屈っすかね、今日のネタは。

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突然だけど村上里佳子って…

最近日産リバティのCMで、イメージキャラである村上里佳子が目から炎を出して子供を叱るシーンがある。ワンパク盛りの息子2人を抱えているのだ。いつもニコニコの優しいママじゃいられない。「ここがヘンだよ日本人」での頬杖付き付きしかめっ面を見ても、気の強さは筋金入りだ。

…って別にあそこに出てくる子供たちが実の子かどうかも知らなきゃ、怒っているのも芝居だってことくらいわかりきっている。わかりきっているのにだ、ドラマはもちろん、CMの演出が一事が万事作りものであるってことはわかっているのに、やっぱりその絵から受ける印象やら衝撃やらを、視聴者は現実の世界に引っ張り込んであーだこーだと連想してしまう。まさにCM主の思うつぼ。作ってる方に近い仕事をしているにもかかわらず、ご多分に漏れず私までもがツボに落ちているから情けない。

で、村上里佳子。日本人離れしたナイスバディを武器に、その生意気さ加減で干されかけながらもタレントに転向。当時はだ~れも知らなかった渡部篤郎とゴールイン。彼の今の活躍を思えば、里佳子は紛れもないあげまんなのだ。なもんだから、彼女が登場するCMはすべてが和気藹々ファミリー感てんこ盛り。カルピス、ミノルタ、ケンタッキー…。化粧品やアパレルでも充分イケるはずなのに、ここまで利かせたメリハリに、彼女のイメージ戦略の強烈さを感じる。昔あれだけ総すかんを喰らった世の中の女性達からだって、最近は強い指示を受けている。結婚→出産→まだまだタレント、でさらにあげまん、アパレルプロデュース→崩れないカラダ→なんかカッコイイ→理想の女性像…ってなフローにでもなるのだろうか。さらに人気を煽っているのは、昔は生意気としか取られなかったけれど、歳を重ねたことによって「ポリシー」として受け止めとめてもらえるようになった彼女の発言、態度、雰囲気だろう。一般との距離を敢えて跨いでくるような、公開番組での客への「問いかけ」とか、いつでもラフないでたちとか、まるでカメラを意識していないかのような無表情とか嫌味顔とか…。
ちょっと前、台所洗剤のCMで「いんだよね、これ」って、まるで視聴者を友達かなんかかと想定しているようなカメラ目線タメぐちをやってのけた設楽りさ子の馴れ馴れしさに、あのナンシー関をして「おめーにタメぐちたたかれる筋合いはない」と言わしめたことがあったけど、実際に客を目の前にしたとき、設楽りさ子が照れも緊張もなく呼びかけられるとは思えない。里佳子だけだ。村上里佳子はまさにあれを地でいっちゃえるキャラに違いない。そうしてまたファンが増えるのだ。「すごい気さく~ぅ」「親近感あるよねー」とかいいつつ。

たかがCM。
されどCM。
たった15秒の映像が、私の想像をここまで駆り立てるんだからな。

| 未分類 | 12:17 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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人生は連れ合い探しみたいなもの

夫婦ってものは基本的にはどことなく雰囲気が似ていたり、同じような事柄に傾倒したりするものだ。
だから気さくでセンスがよくて、でも決していやらし気がなくすっきりとしていて、それでいてどこかセクシーな既婚男性に出会ったりすると、きっと奥さんは佐藤友美とか万田久子みたいな、これもいい女でありながら同性に敵を作りそうもないさっぱりとした人なんだろうなぁ…と、勝手に想像が働く。

30歳を過ぎたころからか、恋愛ターゲットにズドンとハマるような男性が激減した。おっ!と思うと大抵は妻帯者。そのうちいい男と見ると、左手の薬指に矢のように視線を移す癖がついてしまった。
「いい男って、もうとっくに結婚しちゃってんのよね」
女友達と寄ると触るとそんな愚痴が口をついた。
必然、ターゲット年齢が下がる。5つや6つの歳の差なんて全然へっちゃらだ。男のほうも、年上の女性を惚れさせる醍醐味を知り始め、姉さんカップルがどっと増えた。それでもやっぱり結婚に至らない姉さん達は、「適齢期なんてカンケーない!運命の人は必ずいる。出会えたときが適齢期」
悶絶の挙句、悟りの境地に達したもののみが信じる発想へと辿りつくのである。

数年前、仲のいい友人が結婚を決め、双方の友人を集めての報告会に行ったとき私は初めて会ったそのご主人になろうとしている人をみて驚いた。私に負けず劣らず面食いのはずだった彼女がなぜ…?あの人でいいのか?
後日こっそりとその疑問をぶつけた私(甚だ失礼な質問だよな)に彼女は、「いろんなもん諦めたんだ…」といったのだった。いろんなものを諦めてまで結婚しなくてはならないほどの必須は、彼女には感じられなかったけれど、これまである種の緊張感が伴う恋愛を続けてきた彼女が、心癒される彼の和みキャラに惹かれてしまったのは自然なことだったようにも思えた。「諦め」ではなく「気付き」ではなかったのかと。

年齢、お金、仕事、親のこと、健康、趣味…。結婚や交際に多かれ少なかれ影響するいろいろな条件に最後までこだわれば相手探しに窮する。窮しながら悩み、本当に必要で大切なことが何であるかがわかったとき、実はまさに待っていた人とめぐり合えるのかもしれない。それは決して「諦め」の結果ではなく、世間体や見栄や自惚れを削り落とした素の自分の合わせ鏡といえるのではかなろうか。
何が大切なのかを見極める才能を持ち合わせている人は、佇まいはもちろん、連れ合いにも友達にも恵まれる…。つまりはそういうことなんだろう。

歳の割にバツイチシングルとピュアシングルばかりの飲んだくれ一派。早くみんなに春がきますように。。。っていうか私にも…。

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らららなお買い物

ららぽーとにお買い物に出かける。
GAPとUNIQLOとRIGHT-ONを節操なく回って
紅虎餃子房で小腹を満たす。
ここの黒胡麻坦々麺は唐辛子と胡麻醤に山椒が利いていて
食べ終えるころには口の中がジ~~ンと痺れてくる。
それを絶品の杏仁豆腐でやんわりとクールダウンさせるのが
なんとも快感。
最近肩掛けのバックだと背中が痛くなるので、ウエストポーチを物色。でもなかなかピピっとくるものに出会えない
。歩きつかれてKIHACHIのマンゴー&オレンジアイスで一服。ヒュー・グラント似の彼の顔(ブーイングは掲示板へ)を見ているうちに「ブリジット・ジョーンズの日記」が見たくなり、ららぽーと内の映画館へ移動。まだ封切りしたばかりじゃないのか?意外にも客席は閑散。天真爛漫なブリジットは すっごいチャーミング 恋愛行動パターンも私に似ていて高感度はハイレベル!さらに船橋競馬場駅近くの「テキサス」でステーキにかぶりつき、ビールとテキーラで幸せに浸ったのであった。よく歩きよく食べた爽やかな秋の1日…。かなり散財…。

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ふるさとが遠きにありて思うこと

暮らしのスペースが広くなると、必然的にモノが増える。20平米に満たないところから、倍以上の部屋に越してきた当初は、まだまだ収納スペースにも余裕があったけれど、ダンボールが減るごとに収納用品が増え、雑貨が増え、あれよあれよという間にフリースペースが減っていく。

父の転勤の都合で引越しが多かったから、幼い頃大切にしていたようなものはほとんど手元に残っていない。アルバムだけは写真好きな父のお陰で人一倍あるけれど、毎日だっこして寝ていたクマや、文通でたまった手紙の束、学校で画いた絵、部活で使い倒したバドミントンや卓球のラケット…、気がつくといろんな懐かしいものがなくなっていた。引越しってそういうもんだ。永くもっていても出番がないものは気が急く荷造りの勢いでどんどん処分してしまうのだ。

いつまでも幼い頃と変わらないところに実家がある人が羨ましい。
転勤族だった我が家には、実家とよべる家がない。今両親が暮らす家は、10年ほど前に父の退職を機に両親が東京から福岡に戻ってから新たに買い求めた家だ。帰省しても落ち着く居場所はない。そんな私を気遣ってか、両親は私がリビングでゴロゴロしていても決して昔のようには咎めない。歳を取るって、お互いに気を遣いあうってことでもあるんだな、なんて思ったりする。

ところで昨日飲んでいて話題になったんだけど、飲んだくれの連中の中で、実家が遥か遠く離れているのは私のほかほんのひとりふたり。実家で親と一緒に暮らす人、あるいは週末にちょっと時間を作るだけで楽に行けるところに実家がある人たちばかりだ。東京で暮らす連中だってほとんどが千葉や埼玉や、いわゆる東京近郊に実家がある。1ヶ月以上も前から安いチケットを狙って予定を立てて、海を越え山を越え半日がかりでやっとこさ帰省しなければならない自分が、なぜかひどく不運に思える。しかも東京に来たのは親の仕事の都合だ。歳を取れば取るほど、親の近くにいたいのにな…。
まぁ運命を呪ってもしかたない。帰省するたびに近くの海岸や山や高原や、もったいないくらいの非日常環境を楽しむことができるではないか。皆がうらやむ博多のごちそうを満喫できるメリットもある。悪いことばかりじゃない。何しろ家族がみな元気でいる限りは。

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