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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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老人による老人介護の終焉

永らく、祖母の介護を強いられていた両親だが、漸くのこと預けられるできる介護施設が見つかり、昨日祖母を送り届けたらしい。
9人の老人を7人のスタッフで介護する、小規模ではあるけれど目の行き届いた施設とのことだけど、入所に50万、月々の費用は15万に登るとか。もちろん祖母の年金で賄える範囲ではあるけれど、私たち世代が90歳を迎える頃には、これを支払えるだけけの年金などもらえるはずもなく、おまけに子供もいないわ、貯蓄もないわじゃ、体が弱ってボケでもしたら、垂れ流しの飢え死にしか待ってないってことだ。
まぁそれは仕方ないとして…。

昨日、その一件を連絡してきた電話口の母の声は、やはり安堵に満ちていた。両親が東京から福岡に戻って10年余り。しばらくして父方の祖母が同居するようになり、生活は一変した。いつものリズムを狂わされることに加え、徐々に痴呆が現れ始めた祖母は、几帳面な母の堪に触れる所作を繰り返し、気丈な母でさえ自分の人生を呪う日々が続いていた。板挟みの父もやりきれない。母への気遣い、祖母への絶望…。一時は祖母を連れて家を出るべきかとも考えた時期もあったようだ。熟年夫婦の崩壊だ。そんな有様を、ただ見守るしかなかった私と弟にできることは、せいぜい電話で愚痴を聞いてやり、年に1、2回帰省して気を紛らわせるくらいのことだった。私たちが帰省するときはいつも、祖母はデイサービスのショートステイに預けられていたけれど、たまたまタイミングが合わずに祖母がいたりすると、もう母の顔つきが違っていた。自分を奮い立たせ、鎧でも着ているような、ある意味殺気立ったものを感じた。

でもやっとそんな両親の生活も終わった。
「お疲れ様でした。本当に」
昨日電話を終えるとき、思わず口をついてでた。
子供が親を看るのは当たり前とはいえ、嫁と姑のそれは馬があわないとあまりに悲惨だ。

慣れない施設に入れられた祖母の気持ちをここで思いやることも、実は必要なのかもしれないし、そうはいっても実の母を施設へ入れてしまう父の想いも複雑だろう。毎晩、未明のトイレの世話のため起きざるを得なくても、夫婦揃っての外出がまったくできなくても、捨てがたく忘れ難い親子の因縁はあるはずだ。
でも。
両親がストレスで潰れてしまう前にこういうカタチで落ち着いてよかったと、今は素直に思う。

梅雨明けとともに、実家にも明るい風が吹くといい。
本当の意味で、夫婦の穏やかな老後が始まるといい。
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