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なおねおなおん -naoneonaon-

いつか振り返る日のためのワタシメモ

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これからの自分

私には夢がない。抑えがたい欲もない。
小さな頃からそうだった。

親に何かをねだることもしなかったし、NO!という親を説得したこともない。こうありたい!こうしたい!という意思が薄かった。
両親は厳しかった。父にも母にもぶたれて育った。我が家では親は「絶対」だったのだ。福岡で生まれた後、札幌、名古屋、東京と父の転勤があるたびに、「単身赴任はしない」という結婚当初の夫婦間の取り決めに従い、有無をいわさず転校させられた。
二十歳を過ぎても親の目は厳しく、耐えかねてひとり暮らしを始める24歳くらいまで、門限は10時だった。今時の高校生でも守れまい。A型の母とB型の私。几帳面とズボラがそもそも合うはずはない。「誰に似たのよっ!」と何度も叱られた。親が反対することはいけないこと。何をするにも親の判断を仰がなくては、何もできない人間になっていた。

でも不思議なもので、親と離れて暮らすと、それまでの親子喧嘩がうそのようによくなった。親は私のがんばりを誉め、私は親心に感謝できるようになった。
ズボラな私が曲がりなりにもひとり暮らしをこなしているのが、母はうれしかったらしい。ご近所から、同じ都内にいるのになぜ一人娘と離れて暮らすのかといわれると、もう彼女は自分で働いて自立しているんだからと、母は自慢げにいったらしい。
3ヶ月近くも、離婚するしないで元ダンともめたとき、傷心した私に、どんなことがあっても私はあなたの味方だからと、離婚をとめるどころか励ましてくれた母。すでにその頃福岡へ戻っていて、東京に行ってやらなくていいのか?とおろおろする父に、あの子なら大丈夫!と言い放った母…。

相変わらず夢がない私。
漫然と毎日をやり過ごし、落ち着くめどもない。
親に小言を言われることも、叱られることもなくなった今、これからどう生きればいいのか、流されっぱなしの自分が不安だ。
「あの子なら大丈夫」といった母は、どんなこれからの私を思い描いているのだろう。
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